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七年かけた受賞作『火天の城』

七年かけた受賞作『火天の城』

「本の話」編集部

『火天の城』 (山本兼一 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #歴史・時代小説

誰も手をつけていない分野を

――戦国時代ですから、戦略の拠点としてまず考えなければならないということですね。ただ、『火天の城』が成功しているひとつの要因は、お話が信長その人に向かわずに、あくまで施主として登場している点にあると思います。岐阜城からどういうふうにしてまた安土城のほうに関心が向かっていったのでしょうか。

山本 それはやはり誰も手をつけていない分野を書きたかったということですね。以前に鷹匠(たかじょう)の話(『白鷹伝』祥伝社刊)を書いたのも、誰も取り上げていないテーマを書きたかったからです。今さら誰かが信長を書くといったって、司馬遼太郎先生の本があり、津本陽先生の本があり、じゃあどういうふうに新しい信長像を描けるかというと、非常に難しいと思います。たとえば新選組にしても、浅田次郎先生のように今まで誰も注目しなかった吉村貫一郎をとりあげる。するとそこに新しい視点がすっくと立ち上がって、とても素晴らしい物語になった。そういう視点がないかなと思って探したわけです。

――そこで大工ですか。

山本 実は大工の名前はわかっていて、ある程度の由緒書き、ほんの数行分はわかる。でも、逆に言えばそれしかわからない。あとは自由に書いていいわけです。しかも親子だったのは確かなので、築城の技術のことだけでなくて親子の葛藤も書けるなと思いました。

――なるほど。その恰好の素材を手にしても、すぐに書きはじめないわけですね。

山本 ええ。頭で考えていても、大工のことは大工に訊かないとよくわからない。最初のうちは、城の専門家ではないけれども建築のことがわかる人に図面を見せたりして話を聞きました。たとえば、乱波(らっぱ)の妨害を描くのにどうしようかなというときに、すぐに思いつくのは設計図を盗むことでした。だけど実際に建築家の方に伺ってみると、「いや、図面を盗られたら、また描きますよ。日本の大工は平面図しか描かないので、それくらいは覚えている」という。「じゃあ、何が困りますか」と訊くと、「職人が働かないのがいちばん困るなあ」と言われたんです。全くそのとおりなんですけれども、頭で考えていると思いつかない。取材をしてみてわかるわけです。それで職人たちを妨害する方法を考えたんです。

――長篇第一作の『白鷹伝』に見事に山本さんの美質が表れていると思うのですが、取材のためにモンゴルまでお出かけになっています。取材に対してとても厳しい、徹底した完璧主義的な態度で臨まれるというのは、以前の雑誌記者というお仕事と関係がありますか。

山本 いやあ、厳しいというよりも、楽しくやりたいということに尽きます。モンゴルだって行ってみたいじゃないですか(笑)。ライターをやっていたときに、何がいちばん辛いかと言って、素材がなくて書くときがいちばん辛い。素材さえあれば書けるという自信はありました。歴史ものの取材は楽しいですよ。鷹も見ていると面白いですからね。私は日本放鷹協会という会の会員ですけれども、毎年冬に合宿があるので、それに三回参加しました。猟にも連れていってもらいました。そうでないと、一回話を聞いたぐらいで鷹のことはとても書けません。

――では、まず鷹に興味があって。

山本 いや、これも誰も書いていない分野ということで、鷹匠を取り上げてみようと思いました。べつに猛禽ファンではないんです。猛禽ファンの人たちが集まる鷹狩りの会が日本に四つか五つあると思います。その中でも私が会員になっているのは実際に信長に仕えた諏訪流鷹師の伝統を受け継いでいる会です。参加しているうちに鷹が好きになったので、いまは飼ってみたいと思っています。

【次ページ】信長テクノクラート三部作

火天の城
山本兼一・著

定価:本体630円+税 発売日:2007年06月08日

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