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ベッキーさんが、われわれに託すもの

ベッキーさんが、われわれに託すもの

佳多山 大地

『鷺と雪』 (北村薫 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

人をして語らしむ

──収録作をひとつずつ見ていきましょう。第一話「不在の父」は、明治の三十年頃に発生した、松平 斉(ひとし)男爵の失踪事件を題材にした作品ですね。

北村  そう、非常に素材が面白いのでね。『明治・大正・昭和 華族事件録』(千田 稔〈せんだみのる〉著)を読んだときに、「へえ、実際にこんなことが」と興味を惹(ひ)かれました。玄関から消えて、ずっと姿をあらわさなかったというのは、世にも不思議な話だから。

──この「不在の父」の結末部に、語り手の「わたし」が山村暮鳥の有名な詩「囈語」を読む場面が出てきます。窃盗金魚、強盗喇叭(らっぱ)、恐喝胡弓(こきゅう)、賭博ねこ……騒擾ゆき。

北村  昔、それを見たときにドキッとしましてね。“天は語らず、人をして語らしむ”と言うべきか、何事かが、これから起こることを物語ってしまう不思議。本の中にも書きましたが、「騒擾(そうじょう)ゆき」から湧くイメージは当時の読者からすれば桜田門外の変だろうけれど、しかし、われわれはそのあとに二・二六事件が起こることを知っている。暮鳥が「騒擾」と「ゆき」を結び付けるということの恐ろしさ、ですね。

──イメージ的に重なるということでは、二・二六事件の年号は受験勉強のとき憶えやすかったんです。「行く(19)ぞ寒(36)さの中をつき、昭和維新を断行せん」。

北村  へえ。

──寒い雪の中での騒擾でしたから、よくできた語呂合わせです。受験勉強といえば、第二話の「獅子と地下鉄」では受験生であるお菓子屋の息子が、当時、たいへんに治安の良くない上野、浅草界隈(かいわい)へ夜一人で行ったことが騒動の種になります。この作品で北村さんが扱われたのは、一種の都市伝説というか験担(げんかつ)ぎですね。三越百貨店のライオン像の背に余人(ひと)に見られないで跨(また)がると合格する、というジンクスを、大阪出身の僕は寡聞にして知りませんでした。

北村  日本橋の三越本店に行けば、ライオン像のところのプレートにも書いてあります(と、ここで、取材で同百貨店を訪れたときの写真を取り出す)。本来は、本店のライオン像に跨がるものなんだろうけれど、今は各地の三越でされているみたいです。お受験をする幼稚園の女の子を親が連れていって、ずいぶん嫌がられたとかね(笑)。三越には今も、受験シーズンに親御さんから電話が掛かってくるそうです。いつ頃行けば、誰にも見られないで跨がれるんですか、って。そのジンクスの部分が作り事だったら、架空の時刻表でアリバイトリックを作るみたいでしょう? 本当は、ライオン像のジンクスのことは読者に知っておいてほしいんです。でも、なかなか難易度が高いだろうと思って、巻末の付記で解説しておくことにしました。

鷺と雪
北村 薫・著

定価:1470円(税込)

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