2016.08.27 書評

只野真葛は、「清少納言がもっと書いていたら?」という姿を想像させる存在

文: 酒井 順子 (エッセイスト)

『葛の葉抄 只野真葛ものがたり』 (永井路子 著)

『葛の葉抄 只野真葛ものがたり』 (永井路子 著)

 二流のお嬢様のエッセイは面白い、と私は思っています。「二流」という言葉に語弊がある場合は、お嬢様になりきれなかったお嬢様、と言ってもいいかもしれませんが。

 随筆といえばまず思い浮かぶ清少納言も、二流のお嬢様でした。相対的に見るならば、当時の日本においては、貴族という身分にあるだけでじゅうぶんにお嬢様ではあるのです。とはいえ人権意識が存在しない当時、貴族が貴族以外の人々を人間扱いする感覚は薄い。彼女は「貴族世界の中での自分の位置」しか意識しなかったものと思われ、そうした時に彼女の実家である清原家は、決して一流の貴族ではありませんでした。

 清少納言の父・元輔は、和歌の名手として知られていたけれど、さほど出世せずに生涯を終えた人。そして娘は、一条天皇の中宮・定子に仕える女房として出仕しました。天皇家や、定子の父である藤原道隆一家の華やかな日々に対して、「素敵……」と手放しで憧れたのは、彼女の立場が定子という一流のお嬢様とは全く異なるからです。

 貴族社会における、「上には上がたくさんいる。そして下にもライバルが迫っている」という状況下で、磨かざるを得なかった洞察力が清少納言に文章を書かせたのではないかと、私は思います。日々に不満や焦りを持たないような一流のお嬢様は、文章などを書く必要が無いのです。

「葛の葉抄」を読んで私は、江戸時代に生き、随筆や紀行等を記した只野真葛の人生を知りました。そして彼女もまた、二流のお嬢様だったのではないかと思ったのです。

 著者の永井路子さんも、真葛のことを「江戸の清少納言」としていらっしゃいますが、二人には確かに共通するところがあります。清少納言は、父親が年をとってから生まれた娘で、真葛は長女という違いはあるものの、二人ともその優秀さを愛され、父親から学問の手ほどきを受けたという「父の娘」。娘もまた、父に対する誇りと愛情をもって育ちます。

 清少納言は中宮定子に出仕したわけですが、真葛もまた、伊達家の奥女中として奉公に出ました。本書には、当時の大名屋敷に女性達が勤めることを、

「現在の企業にOLたちが就職するありようによく似ている」

 と記してあります。江戸時代に「働く女」のイメージはあまりありませんが、「武家屋敷につとめる数千人の平凡なOL」がいたのであり、それも町娘達は一般職コースで、格の高い武家の娘などは総合職コース……と、ますます今と似ている。江戸の女の生き方も様々だったのです。

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葛の葉抄 只野真葛ものがたり
永井路子・著

定価:本体810円+税 発売日:2016年08月04日

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