2010.03.20 インタビュー・対談

作家としての幅を広げ「世界を理解する」ために

聞き手: 「本の話」編集部

『オープン・セサミ』 (久保寺健彦 著)

──例えば二十代なら就職、七十代だと「死」というのは思いつきやすいのですが、その間の四十代から六十代に何を初体験としてもってくるかというのは、とても興味がありました。読ませていただいて、とても面白かったのですが、どうやって組み合わせられたのですか。

久保寺  この四十代、五十代、六十代は「ネタ帳」になくて、偶然の産物です。雑誌に六篇、六回締め切りがあるというのは、それこそ初めての体験だったので、書けるかどうか心配だったのですが、いつもそのことを考えていると出てくるものですね(笑)。クマと遭遇する「ある日、森の中」は、新聞を読んでいたら奥多摩にクマが出たという記事があったんです。東京にクマが出るという驚きから、お話を膨(ふくら)ませました。あとは、昔読んでいた小説やマンガを読み返して思いついたりしましたね。「彼氏彼氏の事情」については覚えていないです(笑)。なぜこのアイディアが生まれたんだろう。

──書かれているときに手応えみたいなものは感じるのでしょうか。

久保寺  いつもそうなんですが、書き終わるまで、これはものになるのかと不安なんです。特に「彼氏彼氏の事情」は地味で、何か事件性があるわけでもないですし、小説として成立するのか最後まで心配でした。唯一「ラストラ40(フォーティ)」は思いついたときに、これは面白いと思って、一気に書けました。

──これまで長篇を書かれてきて今回は短篇。短篇のほうが筋を見通せるように思うのですが。

久保寺  それは僕がまだ経験が浅いからだと思うのですが、短篇でもいまだに書いている途中は大丈夫かな、と心配になることがありますね。

──これまではどちらかというと少年が主人公で成長小説の書き手であるという印象があったと思うのですが、『オープン・セサミ』を皮切りにいろいろなものに挑戦していかれるのでしょうか。

久保寺  そうですね。僕には、小説を通じて世界を理解したいと思っているところがあります。様々な人が生きている世界だから、いろんな目線で世の中を見たいですね。自分の「生」って一回だけじゃないですか。小説であれば複数の「生」、様々な目線を体験できますよね。なるべく多く様々なものの見方で世界を把握したいんです。そうすると自(おの)ずと、いろんな年齢、境遇の人を書いていくことになるでしょうね。

──そもそも小説を書きたいと思われたのは何歳くらいだったのでしょうか。

久保寺  子どもの頃から思っていました。本が好きで、一人っ子で鍵っ子だったということもあって、親が本を買ってくれて一人で読んでいることが多かったですね。読むのが好きだったので、単純な発想で、いずれ書く方にまわりたいと思っていました。小学校の低学年の頃からです。

オープン・セサミ
久保寺 健彦・著

定価:1575円(税込) 発売日:2010年04月10日

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