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手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(後編)

手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(後編)

「本の話」編集部

『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子・千住文子 著)


ジャンル : #ノンフィクション

コンクールでも人を蹴落とす気持ちを持たない、の真意

――ボランティアをされたり、そういった千住さんの生きる姿勢というのは、やはりご両親の影響が強いのでしょうか?

名器ストラディヴァリウス「デュランティ」を手に。

千住 私たち子どもに対しても、生き方においても、もう純粋を絵にかいたような両親でした。だから反発した時期があったんです。たとえば父が努力こそが全てだと、何があってもどんな時代になっても努力を忘れずにみたいな事を言い続けて、ある時期まで私はそうやっていたけれども、二十歳の頃、挫折をしたことがあった。その時に、努力じゃどうにもならないことが世の中にはあるじゃない、と思ったわけですよ。大人の社会にはなんだか分からないけれども、あんまりきれいじゃないような人間関係もあるじゃない、努力だけじゃ済まないわよ、と心の中で反発した時期があった。それでも父は努力努力、と言い続けて。私たち3兄妹はそのとき、学者(父)っていうのはこんなに純粋なものなんだねって、ある意味ばかにしながら言った時期もあったわけ。でも、そこを乗り越えていま思うと、父が「努力」と言って貫く姿は人間として正しかったと思います。

 そんな父を母は尊敬していましたから。父は何があっても、たとえばコンクールであっても人を蹴落とすような気持ちを持ってはいけないと言うんですよ。でも学生時代の私にとっては、1位になろうと思ったときにライバル達よりも上手く弾きたい、蹴落としたい、という気持ちがある。そんな私の気持ちを父は見抜いたときにものすごい怒って、「真理子はコンクール受けるのをやめなさい」と言った。「じゃあコンクールで負けてほしいの?」とものすごく父に反発しましたね。でも今は、本当に父の言う通りだと思うんですよ。音楽以外のことは私には分からないけど、音楽とか芸術は少なくとも、父の言う通りだと思います。人間が出ますからね。例えばとげとげした部分が音楽に出たら、音楽でさえね、人を傷つけることがあると思う。どんな音楽であっても傷つけないということはない。人を傷つけない音楽をやるためには、人を傷つけない心を持ってないといけないと思うんですね。だから、両親の言う通りだったなと思います。

 一番いい演奏と私が思っているのは、ステージに出てみなさんの前に出て、自分を表現するのではなくて、みなさんの前に出たときに、みなさんの空気を吸い取って、みなさんが奏でる音楽が私から出ていくような、そういう気持ちになれたときに、一番いい音楽ができるんです。だから、ボランティアの場で学ぶことは多いわけです。

――最後に、読者へのメッセージとしては何かありますか?

刷り上がったばかりの本書(単行本)が届き、喜ぶ母。(2013年)

千住 一番のメッセージは、親と手紙を交換してほしいですね。やる前はみなさん絶対に照れがあるけれども、絶対にやってみてよ! と思います。親ほど本当のことを書いてくれる人はいない。いいときにも悪いときにも。手紙こそ本当に親から受け取る素晴らしい財産だと思いますね。親もまた言いたいけど言えないということもあるし、あるいは言ってるんだろうけど子どもがなかなかそれを受け取らないということもあるし。意外と親子って意思の疎通が難しいんだなぁと。友達だったらもっと素直にお互いに聞き入れることも、親子だとなかなか聞き入れないということもあって。だからこそ手紙っていいなと思います。

――博さんが、真理子さんは3兄妹の中でもお母さまと一番本気になって喧嘩していたから、どろどろした手紙になるんじゃないかと少し心配してた、と解説で書いていらっしゃいましたが?

千住 そうですそうです(笑)。周りから見たらただの喧嘩としか思えないような空気が随分とありました。特に音楽の話をするときはものすごく真剣だからこそ、言葉も荒くなったりしてね。でも、それが終わると次の瞬間にはすぐ仲良くなって何食わぬ顔して一緒にお茶を飲んでる、ということがよくあった。そういう親子でした。

写真提供:千住真理子

千住真理子(せんじゅまりこ)

ヴァイオリニスト。12歳でN響と共演しプロデビュー。15歳の時日本音楽コンクールに最年少で優勝し、レウカディア賞受賞。1979年、パガニーニ国際コンクールに最年少で入賞。85年、慶応義塾大学卒。87年にロンドン、88年にローマ、99年にNYでデビュー。93年文化庁「芸術作品賞」、94年村松賞、95年モービル音楽賞奨励賞受賞。2002年、ストラディヴァリウス「デュランティ」と運命的な出会いをする。国内外で演奏活動をしている。著書に『聞いて、ヴァイオリンの詩』『ヴァイオリニストは音になる』など。


千住文子(せんじゅふみこ)

エッセイスト、教育評論家。明治製菓株式会社研究所薬品研究室研究員として抗生物質開発の研究に携わる。退職後、慶応義塾大学名誉教授、工学博士の千住鎮雄(2000年没)と結婚。日本画家の長男・博、作曲家の次男・明、ヴァイオリニストの長女・真理子を育てる。2013年6月永眠。著書に『千住家の教育白書』『千住家にストラディヴァリウスが来た日』『千住家の命の物語』など。

千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて
千住真理子・千住文子 著

定価:本体670円+税 発売日:2015年12月04日

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