レビュー

瀬戸内の島に生きる人々の物語

『望郷』 (湊かなえ 著)

文: 小島 慶子
文藝春秋 1470円(税込)

 瀬戸内海に浮かぶ小さな島を舞台にした短編集。島ならではの日常と、狭い人の輪の中で誰もが経験することのある生きづらさとが描かれています。

「みかんの花」では、島を出た姉に対する妹の複雑な感情が語られます。家族を捨て、東京でわがまま放題して売れっ子作家になった姉。二十五年も音沙汰なしだったのに、島の式典に招かれて大仰な望郷の詩を披露するなんて、いい気なものだ。

 姉を疎ましく思う妹は、やがて自分が何も知らなかったことに気がつきます。姉が島を出た理由も、見送った母が抱える闇も。

 故郷に錦を飾った人物は他にもいます。「雲の糸」に出てくるのは、島を出て歌手になった男。島で差別的な扱いを受ける母親の存在を世間に隠して人気歌手になった彼は、故郷との連絡を避けてきました。

 ところがある日、かつての同級生が電話をかけてきます。男の知名度と弱みを利用しようと目論む狡猾な元・同級生に、男は次第に追いつめられていく。どこまで行っても、島に逃げ場はないのです。

 よそで名を挙げた者は故郷の人びとの自慢ですが、抜け駆けを許すまいとする心理も働きます。それは島だけのことではなく、成功を収めた人物にとってはかつての仲間との再会につきものの憂鬱でしょう。同窓会で、思いがけず出世した同級生にことさら気さくに話しかけるとき、人は自分が本当は何をしようとしているのか、気がついていないのです。

 島には出て行く人もいれば、やって来る人もいます。どんないきさつでここへ来たのか。新参者は土地の人びとに、味わいがいのある新しいお話を運んで来なければなりません。何が本当かは問題ではなく、いかに本当らしく思えるかが大事なのです。

「石の十字架」では、子どもの頃に島で暮らした女が、小学生の娘を連れて戻ってきます。娘が都会で不登校になり、転校することにしたのです。なぜ、たった二年しか住んでいなかった島を選んだのか。決していい思い出ばかりとは言えない場所なのに。

 ある日、大型台風で浸水した古い平屋で母娘二人、腰まで上がった水に囲まれたとき、女は娘に子どもの頃の話をします。つまはじきにされた自分が、どうやって生き延びたのかを。

 湊作品では『母性』にも大雨による土砂災害の場面がありますが、追いつめられた状況で、母親は自分と娘の命の境目を見失うものなのかもしれません。「石の十字架」では、それが娘にとっても、母である女自身にとっても光明となっています。

 日本推理作家協会賞受賞作の「海の星」と、この本の最後に収められた「光の航路」は、父を喪失した男たちが主人公です。「海の星」の男の父は失踪し、「光の航路」の男の父は多くを語らず早世。残された少年たちが、大人になってからようやく父と出会う物語です。

「海の星」は謎解きのあとに柔らかな余韻を残しますが、「光の航路」は教師がいじめと向き合う物語でもあり、教師経験のある作者の意思表明ともとれるような力強いメッセージで貫かれています。

 全作を通じて描かれるのは、島という狭い世界で濃縮される人の思いです。ここではないどこかへ、という憧れを抱くことは島の人ならずともあるでしょう。けれど、その思いは本当は外の世界に向かっているのではないのかもしれません。

「夢の国」は、そんな女の子の話。東京のテーマパークに行きたい。厳格な祖母は、絶対に許してくれないけれど。母親になってからついにその夢が叶った時、自分がいったい何から自由になりたかったのか、彼女は気がつきます。

 私たちは島。そこから出ることは叶いません。身体は一つしかないのだから。誰とも地続きになれない孤独のあわいに、けれど光は見えてくる。読後感は、ほのかに温かいものでした。