2015.02.20 書評

我々は、彼に騙されたのか、騙されたかったのか……

文: 山内 昌之,片山 杜秀,山崎 元

『ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌』 (神山典士 著)

我々は、彼に騙されたのか、騙されたかったのか……

文藝春秋 1500円+税

片山 昨年、世上を騒がせた「佐村河内事件」について、そのきっかけとなった「週刊文春」の告発記事を再構成した本です。佐村河内守氏は、“全聾という障害を持ち、被爆二世ゆえの発作と闘いながら、曲を生み出す天才作曲家”として広くメディアに取り上げられていました。『交響曲第一番HIROSHIMA』はクラシック音楽としては異例の約18万枚を売り上げたのをはじめ、先天性四肢障害を持ちながらヴァイオリンに励む少女、“みっくん”に献呈された『ソナチネ』など、その作品は高く評価され、“現代のベートーベン”と称されました。しかし、実は彼は楽譜すら読めず、18年間にわたり、新垣隆氏がゴーストライターとして作曲をしていた。そして、幼くして作曲家としての才能を開花させたという彼の前半生や全聾という障害すらも虚飾に塗り固められたものであった。現時点で知りうるこの事件の「全貌」が明らかにされています。

山内 佐村河内氏が、みっくんや新垣氏と交わしたメールの原文が多数引用されていますが、“ペテン師”というのはここまでするのか、と驚きましたね。たとえば、コンサート前のみっくんに対して《舞台に登場するときに、義手を外して出て行って、舞台の上でつけてから演奏しようか》というメールを送る。一方で、自分との関係を解消しようとする新垣氏には、《私たち夫婦に『死ね』と仰っているのでしょうか?》と泣き落としにでる。どこか「STAP細胞問題」の小保方晴子氏との類似性を感じました。理研の笹井芳樹教授というある種天才的な学者を頼って、学問的基礎の欠如をものともせずに深い自己愛を満足させ、目的、あるいは野心を実現する。しかし、陥穽はそこで待っていた。2人とも巨大なフィクションを作り出したプロデューサーとしての才能と思い込みは抜群なのですよね。2人の行為が同じ年に問題化した、という意味は考えてもいいかもしれませんね。

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