父は山岳小説や歴史小説をはじめ、幅広い作風と精緻な描写で知られた大作家。息子は数学者として活躍する傍ら『国家の品格』『日本人の誇り』など、日本人や国家の根幹に関わる重厚な提言で知られる評論家。父の生誕100周年という年に、前半850枚を父が執筆、後半550枚を息子が執筆という、世にも稀な「親子合作長編」が完成した。
「父がこの作品の新聞連載の途上、心筋梗塞で亡くなった時、私の胸には怒りだけがありました。父がこの作品にかけていた情熱を思うと、完結を待たずに父の生命を奪っていった自然の冷酷な摂理に憤ったのです。そしてその怒りのまま『私が書き継ぐ!』と新聞記者に話しました。井上靖さんは『親子でも書き継ぐのは難しい』とコメントされていましたし、自分でも浪花節に過ぎると思いました。作品のテーマである『サウダーデ』についても、36歳の自分にはその意味の深さに到達できていなかった。でも、それから32年間、このことは“父との約束”として、ずっと頭の片隅にありました」
日本を愛し、日本人妻およねを愛し、最期はおよねの郷里である徳島でその生を終えたポルトガルの文人外交官・モラエス。ラフカディオ・ハーンと並び称される日本文化の伝道者でもあった彼の生涯を描こうと、父はモラエスゆかりの地であるポルトガル、マカオ、長崎、神戸、徳島などを丹念に取材して回った。息子も父の取材ノートを片手にその道程を追いかけ、資料を集め続けた。そして父が本作を書き始めた67歳の時、満を持して筆を執った。
「はじめは“父が書いたよう”に書こうとしましたが、父の並外れた自然描写力や作家としての創造力には到底敵わないことに気付きました。そこからは、父から受け取ったバトンを自分なりに精一杯書き継ぎ、ゴールに飛び込もう、と思うようにして、1年半の間、執筆に集中しました」
今、藤原さんは「孤愁(サウダーデ)」の意味について、こう考えている。
「サウダーデは、ポルトガルにしかない概念です。戻れない故郷や会えない恋人、二度と帰れない人や時間や場所を、切なくも懐かしく思い出す、しかもそこには甘い感傷が織り込まれているんです。父も郷里・信州を思う時、この感情を抱いていたはずです。父はモラエスの中にその感情を見つけ、深く共感した。それが執筆の大きな動機だったのでしょう」
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