「ある編集者の方が『婚活始めました』って見せてくれたプロフィール写真が、普段以上にキラキラしてたんです。その時に、婚活で輝く話を書きたいなと」
今や就活と並び定着した“婚活”。とはいえ松井雪子さんが描く婚活小説はタイトルからして一筋縄ではいかない。『肉と衣のあいだに神は宿る』とは……?
「写真を見たのと同じ頃によく行くお店のとんかつが、感動的に美味しいと感じたんです。本当に、肉と衣のあいだに神様がいると信じるほどの。それでハッと、人間も衣と肉体のあいだ、服を脱ぎ捨てる瞬間に大事な何かがあるんじゃないかと思って。そこから婚活ととんかつが結びついて、主人公が見えてきました」
山間の名物とんかつ屋の看板娘・美衣。気立てが良くて美人で……だけど実は行きずりの男性と肌を重ねていたりと危うさも秘めた彼女の婚活の行方は――。
「美衣は周囲の人の気持ちを受け止めやすいばかりに、自分の存在感まで相手に合わせてしまうような人。だから、結婚相手とか“自分は何を望んでいるのか”をいざ考えると分からなくなってしまう。人一倍敏感なのに、ある意味ではチューニングが下手なんです」
そんな彼女の特技は、相手の気分と好みにぴったりのみそ汁が作れること。〈想像のなかで肌をあわせて彼を抱きしめた〉と表現されるみそ汁作り、とんかつの肉のピンク色、歯ごたえ。官能的な食描写が印象的だ。
「とんかつや調理のシーンは食欲をそそるように、あえて扇情的に書いたので、無意識に性的な欲望とも結びつくのかもしれませんね」
調理場の作業だけでなく、サンダルにひと手間加えて履きやすくしたりと、美衣は常に手を動かしている。
「手先を使う人は自分と向き合う時間が長いように思います。考えすぎてつまずいちゃう、そんな少し生きづらい人が好きなんです。プロットなどはあまり固めずに書くのですが、自我が頼りない美衣に、婚活で強くなってほしいということだけは決めていました」
終盤に明かされる、美衣が婚活を決意した“本当のわけ”とは。そして、ついに現われる1人の男性。
「彼は強い風のような人ですよね。びゅーっと吹いて変化をもたらすけど、その風に美衣が一緒に乗っていくかは分からない。彼との出会いが最後の一押しになって、彼女が“誰かのため”ではない自分の幸せを見つけてくれたらと思いました」
婚活の果てに辿りついた答が、清々しく胸をうつ。