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『また、桜の国で』を高校生たちが選ぶまで

第4回 高校生直木賞全国大会 ルポ

文: 伊藤 氏貴 (高校生直木賞実行委員会・代表)

恩田 陸『蜜蜂と遠雷』

 M 文句のつけどころがない。キャラクター全員に意味がある。誰一人欠けてはならない。表紙の絵が登場人物の世界観を表していて、音を字にばかりでなく絵にもしている。

 J 表紙を外した時の装丁がピアノの鍵盤のようでよい。長いが読みやすい。ただただ楽しく気持ちよく読める。嫌いな人はいないだろう。

 N 音楽を字で描写することの難しさ。

 E コンクールというテーマが非常にわかりやすく、誰もが読める。四人以外の裏方もきちんと描かれていて平等。作者の研究の成果が、音楽に詳しくない人でもわかる形で示されている。

 D 読んでいて一番楽しかった。漫画になりそうなほどそれぞれのキャラが立っている。「生活者の音楽」など深そうなテーマも入っている。

 U 音楽用語なども分かりやすく書かれていていい。文字がリズムを持って曲になっている。『また、桜の国で』がモノクロだとすれば、こちらは極彩色。

 L 音の表現にバリエーションがある。コンクールの厳しさが描かれている。きれいなだけで終わらない。

 S 作者が書いていて楽しかったのだろうということが伝わる。

 A 残念だが、自分の頭に音楽は流れてこない。これは文字の限界なのか。

 R ピアノの音で観客に情景を浮かび上がらせるというのは難しいのではないか。

 F 一言でいえば「美しさ」。×はつけないが〇もつけない。読後に違和感。全員が報われる。きれいすぎる。

 G 完璧すぎて途方に暮れる、という違和感なのではないか。

 U おもしろい話は無条件で好き。インタレスティングよりエキサイティングなものを。

 D 小説であることによって価値のある作品。曲の魅力を教えてくれる。音楽そのものでは伝えられない。ただしやはり天才ばかり。明石もけっきょくはすごい人。蹴落とす部分もあるはず。

 E 苦労もある。ただの天才ではない。誰にでも可能性があることを示している。まじめな小説。

 G 努力は人を裏切らない、というのは。才能もある、センスもある。あまりの爽やかさ、まじめさが直視できない。

 Q この本からクラシックが盛んになったらいいと思いつつ、この本を読んで音楽を始める人がいれば大変だなとも。

 ここまでで一気に三時間。言い足りないこともまだまだあったようだが、休憩をはさみ、投票によって、『また、桜の国で』と『蜜蜂と遠雷』の二作品に絞る。

 

 J 『蜜蜂と遠雷』はたしかにきれいすぎるかもしれないが、『また、桜の国で』のように、小説を読んでまで辛い思いになりたくない。楽しい思いになりたい。

 B 日常を忘れさせてくれるなら『蜜蜂』、『桜の国』は戦争に対して考えさせられる。最後に楽しくはなくとも、自分たちと世界との関りを考え、自分の人生を左右するかもしれない『桜の国』を推す。

 O 『蜜蜂』の舞台のモデル、浜松は近いので調べてみたが、こんなにきれいな世界ではない。一方、『桜の国』は三十人くらいで話し合うときになかなかみんな読めなかった。高校生には難しい。

 S すべての高校生が読むわけではないという意味ではどの本も同じ。私は『蜜蜂』派だったが、討論していくなかで、『桜の国』は後の世代にも伝えることがあると気づかされた。おもしろい本と印象に残る本は違う。

 D 『桜の国』は、高校生が今読むべきということに下駄を履かされていると思う。『蜜蜂』は肉体に残る。『桜の国』は頭。後に残るのは『蜜蜂』。

 K 時間がたった後もう一度読み返したのは『桜の国』だ。

 Q 好きな本を人に勧めても必ずしも読んでもらえるものではないが、読んでもらえたらうれしいのは『桜の国』。

 N 『桜の国』を読むと、人間って悪くないと思える。理屈で聞かされても分からない戦争のことが、小説だから伝わる。

 E どちらも芯が通っている人が登場する。『蜜蜂』は未来に向かい、『桜の国』は過去を振り返る。『蜜蜂』の努力は目を背けたくなるほどのまじめさを伝えてくれる。

 L 『蜜蜂』のキャラは負の感情を持たない。『桜の国』には憎しみのような負の感情があり、そこが人間を描いている。

 R 『蜜蜂』は甘いパンケーキ。『桜の国』はスケールが大きく、スパイスが効いている。こちらには後日談があり、こうして現在につながっている、ということで私たちに問いかけるものがある。

 I 読書は勉強ではない。娯楽として、休息の地としての読書を求めたい。臨場感、読後感からいって『蜜蜂』の方が優れている。

 

 ここで最終的な決をとる。十三:八で、『また、桜の国で』に軍配が上がった。本家直木賞ならば、二作授賞ということになるのだろうが、ここでは高校生ゴンクール賞に倣い、一作だけを選ぶ。

 予備投票からの逆転劇は今回が初めてではなく、それは、この賞が「討議」というものに重点を置いているところからくる。普段、一人で本を読むことがあっても、それはたんなる「好き/嫌い」のレベルでとどまり、それ以上深く考える機会はあまりないかもしれない。しかし友だちと話し合うと、相手の意見に気づかされることがあるだけでなく、相手に説明しようとすることで、自分の中にあった曖昧なものが言語化される。

 ここまでの読書体験を経て、彼らは今後も立派な読書人になっていくことだろう。参加二十一校での予備選考を含めると毎年二百人ほどの読書人が育っていくことで、「読書の死」に少しでも歯止めがかかることを切に願う。

 今年も賛助会員の企業をはじめ、多くの方々のお世話になり、感謝に堪えない。また、前回までの本賞に参加してくれたOB・OGがボランティアで当日の手伝いをしてくれた。本を愛する彼らの姿を見ると、少しだけ将来は明るいのではないかと思えた。当日その場にいた大人の一人は言った、「ここにいると出版不況なんてじゃないかと思えてくる」と。

(オール讀物2017年7月号より)