レビュー

長年のファンが考察する、極めて哲学的な、もしくは全くそうでない「問い」

『年はとるな』(土屋賢二 著)

文: 麻生 俊彦 (神経科学者)
『年はとるな』(土屋賢二 著)

 土屋賢二先生とのご縁といいましても、古参とはいえただの一ファンにすぎない私が、解説を書くようにとのお便りを先生ご本人から頂戴したのは青天の霹靂でした。しかし、かねてより先生への畏敬の念が感じられない解説文の多いことを心配しておりましたので、信奉者の一人としてお断りすることなどできません。及ばずながら、拙文が著者の偉大さを知る一助となれば幸いです。

 早いもので、先生の作品と出会ってからもう二十年になります。あるとき四つ下の弟から「これ、面白いで」と勧められたのが運の尽き、当時の日本にはまだなかった、予想の裏切りを突き詰めた脱力感による笑いと、飛距離のある発想、それらを散りばめた完成度の高い展開に、たちまち魅了されました。それが私とダウンタウンとの出会いです。たしかクイズ番組ネタの漫才で、三十年前のことでした。土屋賢二というエッセイストを知ったのはその十年後ですから、計算が合います。

 デビュー作の「われ笑う、ゆえにわれあり」で土屋先生が世に問われたことは、この歴史的なクイズネタと同様、笑いを愛するものにとって大きなインパクトがありました。著者が一人でボケ倒し、読者が突っ込むしかないというスタイルは読む側に「気づき」やイマジネーションを要求する代わりに、ときに話芸よりもスピード感のある笑いを生み出します。しかし、これをあまり続けてやられると読む方は疲れてきますので、軸となるパターンの間にストレートなわかりやすい笑いも織り込んで、緩急をつけることでさらに原稿料と先生の笑いが増幅されます。

 このように笑いを知り尽くした土屋賢二という才能の登場で、ユーモアエッセイに求められる笑いの水準は高騰し、ほかの著作家たちは有用だったり魂が震えたりする本を書くしかなくなりました。ただ、先生ご自身も高くなったハードルから自由ではありえず、続けるうちに新鮮さが失われるのもまた必定です。世の中には「どの曲も同じに聞こえる」と言ってミュージシャンを非難する向きがありますが、思いますに、文字を知らない赤ん坊には、どの本も同じ内容に見えるのではないでしょうか。つまりこうした物言いはえてして、大上段に構えたつもりが、単にその分野のリテラシーがないことを露呈するだけに終わるものです。ちょうど本書のエッセイの中にも一見、同じことを繰り返しているだけに見えるものがありますが、そんな批判をすれば本書を読んだことを露呈するだけです。一般にデビュー作で世の中に衝撃を与えた天才が、いつまでも初期の作品で語られるのは致し方ないものであり、土屋先生も例外ではないでしょう。天才にはほかにも、薬物に溺れやすい、晩年に借金生活を送りやすい、尋常ではない場所で客死を遂げやすいなどの短所があります。

年はとるな土屋賢二

定価:本体630円+税発売日:2017年10月06日