連載

『夢見る帝国図書館』中島京子――立ち読み

別冊文藝春秋 電子版16号

中島 京子

前回までのあらすじ

 フリーランスの雑誌記者だった「わたし」が喜和子さんと知り合ったのは、今から十五年ほど前のことだった。何度か会ううちに、彼女が上野図書館に並々ならぬ愛着を抱いていることがわかる。その喜和子さんが、唐突に図書館そのものを主人公にした小説を書いてよ、と「わたし」に持ちかけてきた……。とにもかくにもこうして「わたし」と喜和子さんの友情は始まった。喜和子さんは、図書館と同様に樋口一葉も大好きだったのだが、それは小さい頃一緒に住んでいた「お兄さん」の影響によるものだった。その「お兄さん」が構想していた小説が『夢見る帝国図書館』であったという。


「別冊文藝春秋 電子版16号」(文藝春秋 編)

 喜和子さんとの交流が疎遠になってしまったのは、ひとえにわたしの不義理によるものだった。喜和子さんは毎年必ず年賀状をくれたし、夏にはかわいらしい暑中見舞いの葉書も送ってくれた。わたしはいつも元日を過ぎてから年賀状の返事を書くずぼらさで、年によってはそれさえサボっていた。暑中見舞いはもらったきりのことも多かった。

 彼女に会うために葉書を出すのは、案外億劫だったから、本来ならふらりと訪ねて行って、いれば会う、いなければ会わない、そんなつきあい方が最も好ましかった。けれどもいつのまにか、たいして忙しくもないのに忙しがる癖がついてしまって、たとえば上野の美術館やコンサートホールへ行く用事があっても、その用事を済ませるとすぐに帰らなければならないような気になったり、別の用事をほかの人と作ってしまったりするようになった。喜和子さんと知り合ったころは独身で深くつきあっている相手もいなかったが、安定したパートナーができて一緒に暮らし始めたのも、疎遠になった一因だったかもしれない。小説原稿の依頼が少しずつ増えて、請負のライター仕事をしなくていいようになり、生活環境が変わって新しい友人ができたのも、もちろん大きな原因だった。

 喜和子さんは一種特別な人だったから、時間を気にせずゆっくり会いたいという気持ちは、いつもどこかにあった。

 じつは、疎遠になる前に一、二度、次の要件の合間にほんの小一時間ほど会うようなことをしてしまって、時計をちらちら見ながら落ち着かないわたしの態度を、喜和子さんが少し寂し気に見ていたような気がして、責められたみたいな被害妄想を勝手に膨らませたのだった。

 おそらく、喜和子さんは責めてなんかいなかった。

 わたしのほうが、自分自身に嫌気がさしたのだ。

 それで、会うならやはり以前のように葉書を出してからとか、たまにはどこかへ食事に誘ってもいいし、それなら値段の張らないおいしい店でも予約してとか、変に鯱張ったことばかり考えるようになった。そして、日々は「忙しい」という、感じの悪い呪文を唱えれば、瞬く間にあわただしく過ぎて行ってしまう。

 喜和子さんとちっとも会わない二年かそこらがあって、次に思い立って谷中の家を訪ねたのは、東日本大震災の後だった。

 しかも正直に告白すると、喜和子さんに会うのが直接の目的で訪ねたのではなくて、あの日は、上野動物園のパンダを見に行った帰りだった。

 もう六年も前のことになると、あの日あのころがどんなだったかも曖昧になる。それでもいまもあの津波の映像を見せられたりすると、ほとんどの人が何かに過敏になっていた、最初のひと月ほどの感覚が、肌身に蘇ってくる。

別冊文藝春秋 電子版16号文藝春秋・編

発売日:2017年10月20日