連載

『セルロイド』葉真中顕――立ち読み

別冊文藝春秋 電子版16号

葉真中 顕

前回までのあらすじ

 カリスマ的な人気を誇るアニメーション監督・伊藤七瀬は、四年ぶりの新作『CAGE』の制作に取り組んでいた。第一話の放送を終え、ネット上の評判は上々。七瀬は、自身の新たな代表作にするべくスタッフに発破をかけていた。しかし、七瀬のコンテの遅れ、度重なるリテイク(やり直し)に現場は疲労の色を濃くしていた……。


「別冊文藝春秋 電子版16号」(文藝春秋 編)

 四月十九日、水曜日。

『CAGE』の放送が始まり、早、二週間。今夜、午前零時には第三話が放映される。

 今日も今日とて私は『スタジオ・アッシュ』五階オフィスのブースでコンテを描いていた。

 遅れ気味だったコンテは全十二話中、十一話まで描き終え、いよいよ最終十二話の分を残すのみとなった。島田くんからは早く仕上げろとせっつかれているけれど、少し、難航していた。

 ここまでのところ、ファンの反応は上々だ。ネット上には〈今期ナンバーワン〉とか〈歴史に残る傑作の予感〉とか、絶賛の声が溢れている。今夜、第三話が放送されれば、ラストのサプライズで、きっと今以上に盛り上がるはずだ。

 画竜点睛。最終回には、最高のフィナーレを用意したい。そのためには、ただ脚本を無難にコンテにするだけでなく、何か工夫が必要だ。

 が、その「何か」のアイデアがなかなか浮かんできてくれない。

 少し煮詰まってきたので、気分転換に別の作業をすることにした。

 来週発売のアニメ専門誌に掲載される記事のゲラ(試し刷り)チェックだ。

 この雑誌で『CAGE』の特集を組んでもらえることになり、私も先日、監督インタビューを受けた。こういう記事は、掲載前にゲラが送られてくるので、つい言い過ぎてしまった部分や、逆に言葉が足りない部分の発言を修正するのだ。


“やっぱり、爪痕を残したいですよね。今期のトップ作品となることは当然として、アニメ史に残るような作品に仕上げたいです。”


 うーん、この私、ちょっと、いきってる?

 活字になった自分の発言を読むのには、なかなか馴れない。

 インタビューを受けたのは第二話放送の翌日で、ネットの好評に気をよくしてかなりテンションが上がっていた。もう少し謙虚な感じに直した方がいいだろうか。でも「爪痕を残したい」ってのは、我ながらいいフレーズよね。

 と、そのとき、不意に背後から、甲高い声がした。

「オー! その後ろ姿は、セブンサマッ!」

 すぐ誰かわかった。振り向くと案の定、そこにはモアイみたいな巨大な顔があった。

 日系アメリカ人、セス・タカスギ、確か歳は三十八歳。髪の色も目の色も黒いけれど、推定3Lサイズのがっちりした体型と、顎が二つに割れた濃くて大きな顔は、いかにもアメリカン。いつもぱっつんぱっつんのTシャツを着ていて、毛むくじゃらの太い腕を露出させている。

別冊文藝春秋 電子版16号文藝春秋・編

発売日:2017年10月20日