連載

『包丁と勇者の剣、失われた時を求めて』阿津川辰海――別冊コラム「あの日」

別冊文藝春秋 電子版16号

阿津川 辰海
「別冊文藝春秋 電子版16号」(文藝春秋 編)

『ドラゴンクエストXI』が発売された。まさしく待望の一作で、発売されてすぐにPS4でダウンロード購入した。原稿も抱えていたのでしばらくは我慢していたのだが、先日ようやくやり始めた。すると、未知の冒険への高揚と共に、過去のシリーズをプレイしたときの思い出が蘇ってきた。

 二〇〇〇年八月二十六日、『ドラゴンクエストⅦ』が発売された。その情報を聞きつけるなり、父に遊ばせてもらったドラクエⅥが大好きだった私は、父に新しいゲームをねだった。返事は意外なものだった。

「それじゃあ、幼稚園の合宿にがんばって行ってきたら、買ってあげよう」

 私は幼稚園が嫌いだった。「子供の自主性」を重んじるその幼稚園では、子供を野放図に遊ばせており、私がほかの園児にいじめられるのもじゃれあいとして看過されている感があった。暴行事件だったとしてももう時効なので書いてしまうと、一度包丁を持って追い回されたこともある。あの時は子供ながら殺されるんじゃないかと思ったほどだ。挙句、包丁の件を先生に告げたところ、「本当にお祖母ちゃん子は三文安だねえ」とバカにするように言われた。

「本物教育」を謳うその園では、包丁や鋸も本物を園児に使わせ、生じる危険から身を守る術も身に着けるよう教育されていた。包丁で追い回された上に、園の理念にそぐわない落第者の烙印を押されたのである。

 合宿というのも、そんな面々と、行きたくもない山奥に行くのだから、気乗りなどするはずもない。ところが、ドラクエⅦを鼻先にぶら下げられたので、新しい冒険のために、この現実の冒険を乗り越えてやろうという気に、なったのだと思う。

 そう発奮しておきながら、合宿先に着いたその日の夜に、高熱を出して寝込んでしまった。ほかの園児が夜の川に蛍を見に行った時も、私は一人だけ熱でウンウンと苦しんでいたので、もともと楽しい思い出が残るはずもない合宿がさらにつらいものになってしまった。

 その後、ほうほうの体で家に帰ってきた私をドラクエⅦが迎えてくれた。ただ行って帰ってきた、それだけの不甲斐ない事実を、父とドラクエⅦが素朴に称えてくれているのを感じた。逃避だと言われても、三文安と言われても、あの時私が生きていくには必要なものだった。

 ドラクエⅦは、私の物語好きの血の根底に位置するゲームだ。失われた大陸を求めて、時間を遡り、行く先々でその島の事件を解決する。オムニバス形式、タイムスリップ、一つ一つの事件の残酷な幕切れ。それらが私の嗜好に楔のように打ち込まれた。過去に遡った後の大陸で流れるフィールドBGM「失われた世界」の哀しい響きが、今でも心を捉えて離してくれない。

 立て続けに発売されたⅢ、Ⅳ、Ⅴのリメイクをプレイし、二〇〇三年には、『剣神ドラゴンクエスト 甦りし伝説の剣』というテレビゲームも買ってもらった。これはプラスチック製の勇者の剣を振って、テレビ画面の中の敵を斬っていくというもので、Wiiなどの走りと思ってもらえればいい。私にとっては、それが仮面ライダーの変身ベルトであり、魔法少女のステッキだった。

 もっとファンタジーに触れたくなり、本も読み始めた。『デルトラ・クエスト』、『サークル・オブ・マジック』、『バーティミアス』、『ダレン・シャン』、『マジック・ツリーハウス』……本の中の冒険が私を夢中にさせ、小学生の頃に初めての小説を書いた。今でいう「二次創作」にあたる小説だった。

 物語への嗜好はこの時に育てられた。今年発売されたドラクエXIは、シリーズの集大成ともいえる作品で、過去作へのオマージュもふんだんに盛り込まれている。そうした要素の一つ一つが、あの時の懐かしさを思い出させる。あの日、ドラクエⅦをプレゼントされていなかったら、私は小説なんて書いていなかったかもしれない、と。

あつかわ・たつみ/一九九四年東京都生まれ。東京大学在学中。学内の文芸サークル「新月お茶の会」に所属している。光文社の新人発掘プロジェクト「KAPPA-TWO」第一弾に『名探偵は嘘をつかない』が選ばれ、二〇一七年六月に単行本デビュー。


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別冊文藝春秋 電子版16号文藝春秋・編

発売日:2017年10月20日