2017.12.21 別冊文藝春秋

『穂先の死』安東能明――立ち読み

文: 安東 能明

電子版17号

「別冊文藝春秋 電子版17号」(文藝春秋 編)

1

「胃袋、ふたつあるみたいね」

「そうですか」

 村上沙月は軽く受け流して、残った稲荷寿司を口に放り込んだ。

「これも食べてくれない?」

 向いに座る古城美沙巡査部長が浮かない顔で、ソースのかかったコロッケを箸で指す。

「ラーメンと稲荷寿司って、食べ合わせが悪い気がするけどな」

「そうですか、わたし好きですけど」

 げんなりした顔で見つめる古城の視線を気にもとめず、沙月は残った麺をひと息にすすった。

 正午前なので、食堂はまだ半分ほどしか埋まっていない。

「あの、まだ落ちませんか……?」

 沙月は上目遣いで訊いてみた。

 とたんに古城の顔が曇った。

 四日前、暴力団員に恐喝されたと歌舞伎町のホストが、新宿署に駆け込んできた。任意で呼び出された暴力団員の事情聴取を、オジョウこと古城が買って出た。土日も出勤して聴取を続けているが、月曜日のきょうになっても、男は恐喝を認めていないようだった。

 恐喝していた男は、被害者の川島がかつて同棲していた女の知り合いで、その女からも事情聴取しているようだ。男女間のドロドロした事情もあるらしい。

 古城は刑事課の先輩で同じ係だ。ブラウンのワンピースの上に、テーラードジャケットをふんわり肩に載せている。三十三歳にしては、肌がきめ細かい美人だ。取調室でこんな刑事と向き合う被疑者は何を思うのだろう。

 古城の話に相づちを打っていると、はたと気づいたように、

「あっ、ごめん、ミヤちゃんに愚痴っちゃったね」

 と口にした。

 三宅島の二文字を取って、ミヤと呼ばれたりもする。正式にはまだ刑事見習いの身だ。

「とんでもないです」

 そう言って、沙月は窓の外を見やった。

 新宿の高層ビルが目に入ってくる。

 故郷の三宅島には三階建て以上のビルはない。日本一の繁華街の歌舞伎町を抱え、人口密度は何と四百倍――。その狭いエリアで人が押し合いへし合い生きている。都会といえばそれまでだが、それだけではない。ここは人を吸い寄せる磁力のようなものを発している街なのだ。

 新宿署の刑事課に配属されてまだ五カ月あまり。茨城の国立大学を出て、警視庁に入庁し一年と二カ月。半年間の警察学校を無事卒業したものの、卒配(卒業配置)の希望先として書いた五つの警察署ではなく、新宿署に配属になった。

 古城が食堂横の入り口に目を向けた。エレベーターの前に、筒見康太巡査部長がいた。首をかしげ、しきりとこちらに来いというような仕草をしている。

「何かあったみたいよ」

 古城に促され、沙月はトレーもそのままに席を立った。

 筒見と合流すると、ちょうど隣のエレベーターが開いた。あわてて、乗り込む。

「ホテルで変死。見分に行くから」

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