2018.01.11 別冊文藝春秋

『空を拓く』門井慶喜――立ち読み

文: 門井 慶喜

電子版17号

 などと噛んでふくめるように説明するのだった。子供への配慮のつもりなのだろう。金吾はつい、

「粗相したら?」

「これじゃ」

 手刀でトンと首のうしろを叩いてみせたので、金吾はあわてて、

「わかりました」

 と返事して、ふたたび窮屈な姿勢をたもちつつ、お役目うんぬんよりもむしろ、

(江戸)

 その地名に、こだわった。

 或る意味、冥土と同義だったかもしれない。それほど暗い地名だった。なぜなら父の名は、姫松倉右衛門。金吾はその次男であり、いずれは江戸定府の親類の藩士・辰野宗安のもとへ養子に行くことが父親どうしの約束であらかじめ決まっていたからである。

 こういう話は、本人の意志は関係ない。母のおまつは、おさないころから、

「むかしから『小糠三合あらば養子に行くな』という、その養子にお前は行く。ましてや江戸のおじさんは、なかなかやかましい人だから、お前は辛抱できないだろう。いまのうち苦労しなければ」

 と言い言いして、あらゆる肉体労働をさせた。家のそうじ、障子張り、米つき餅つきはむろんのこと、家から四里(約十六キロメートル)もはなれた山へも毎日のように水くみに行かせた。ほかにも畑の草とりや肥やり、生垣の手入れ、蚕に食わせる桑の枝切り・・・・・・まがりなりにも姫松家は正式な藩士の家なのだけれども、身分は低いし、だいいち住んでいるところからしてお濠の外の裏坊主町、なかば農村だったのである。金吾はこれだけの労働をしながらもなお、いや、すればするほど、

(江戸に行ったら、これ以上のつらい思いをする。死ぬまで)

 その思いが強固になった。

 金吾の家の建物も、そういう土地柄にふさわしかった。ことに屋根はほとんどが農家そのものの藁葺きなのに、ほんの一部、人をむかえる玄関の上のみ、威厳をかろうじて残した瓦葺き。

 つぎはぎ細工そのものだろう。とどのつまり姫松家の人はそういう割合において農民と武士を兼ねていたわけだけれども、そういう精神的な意味あいを除いても、この家はまた、この屋根のせいで、物理的に生活しづらかった。或る時期から、きゅうに襖の建てつけが悪くなったのである。

 あけようとしたら途中でとまって動かなくなったり、ぴたっと閉めても猫が通れるほどの隙間があいたり。さらには畳が坂になった。ことに玄関の奥の座敷のそれなど、客が来て、まあ一服と茶を出したら、客が、

「おや」

 怪訝そうな顔をしたほどだった。

別冊文藝春秋からうまれた本


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