2018.04.12 別冊文藝春秋

『今晩泊めてくれないか』北尾トロ――立ち読み

文: 北尾 トロ

電子版18号

 妻によると、芽が出ただけでは安心できず、農薬不使用なので虫に食われやすく、育ったと思っても実がつかないこともあるらしい。うまく育てるためには、水やり、雑草刈りなどマメな手入れが必要。つまり、試行錯誤しながら作物を育てる過程こそがおもしろいということなのだ。夏野菜が終わる頃には秋野菜の準備が始まり、春に収穫されるタマネギなどを仕込むまで、年間のサイクルも完成されている。

 なるほど、身近なところを見逃していたなあ。芽がどのように成長していくかも気がかりだし、水の運搬や雑草の刈り取りで男手が役に立つなら手伝ってみよう。それは僕にとって、松本にいる理由を新たにひとつ手に入れることでもある。

 七月は前半に取材などを集中させ、一気に八泊。その分、後半は松本にこもって畑仕事と原稿書きに専念できた。

 朝起きればまばゆい光に迎えられ、コーヒーを飲んでいるうちに畑の様子が気になってくる。野良仕事用のツナギも買ってやる気満々。僕の担当は手のかからないゴーヤなのに、成長度合いを確かめたくてひとりでも出かけて行く。花が咲いた、小さな実がついたと一喜一憂し、くんできた井戸水を与え、満足して家に帰るのだ。

 そうこうしているうちにキュウリやナス、トマトが生り始めたので、収穫してパスタを作ってみた。形も大きさも不揃いな野菜かもしれないが、味の濃さといい鮮度といい、堪えられない旨さである。愛情を注いでじっくり育てて……まぁ食べてしまうのだが、家庭菜園の醍醐味ここにありって感じだ。

 野菜づくりの手伝いがもたらしたのはそれだけではなかった。子育てなどの基本的なことを除き、僕は結婚以来二十数年間で初めて、妻と共同作業をしたのだ。まさかそんなことはあるまいと何度も考えてみたのだが、ずっと仕事中心の生活で、妻の趣味に関わったことはこれまでなかった。つきあいで何かすることはあっても、数カ月もの時間をかけて一緒に何かをするなんて記憶にない。

 これは何かの予兆ではないかと、キュウリをかじりながら思う。妻は一時の気まぐれで手伝っているとしか考えていないだろうけど、僕はそうじゃないことをわかっている。面倒くさがりだし、妻の機嫌を取るために手伝いをする性格でもないからだ。ただ、いまのところ、畑仕事に目覚めただけなのか、松本での暮らし方のヒントが共同作業にあると直感したのかわからないので、いったん保留にし、原稿書きの仕事に戻った。

 小学校も夏休みに入り、不登校気味の子どもを気にかける理由がなくなると、家庭内の雰囲気がやわらぐのがわかった。嫌がる子どもを無理して登校させる気はないものの、僕も妻も「どうしたもんかなあ」というモヤモヤした不安を抱えている。敏感な子どもがそれに気づかないはずがなく、とくに朝などは「今日は学校に行かない」と決めるまでの間、重苦しい空気になってしまう。夏休みに入ったことで、束の間ではあるけれど、そういうやり取りから解放されたわけだ。

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