2018.03.01 インタビュー・対談

岸惠子×磯田道史対談 日本とパリの「愛のかたち」(後編)

オール讀物2018年1月号より

岸惠子×磯田道史対談 日本とパリの「愛のかたち」(後編)

<<前編よりつづく

『愛のかたち』(岸 惠子 著)

 まだ金字塔があるんですよ。これも錚々たるメンバーが二十人ぐらいの晩餐会でした。無理して葡萄酒を飲んだら気分が悪くなって、我慢できなくなった。すぐに察してくれた主人が、何か洒落たスピーチをして最後に私を庇って日本から来たばかりなので、と中座の弁明をしてくれたの。

磯田 なんとか、外に出る流れを作ってくれたのですね。

 それで最後くらいしっかり決めなければ女が廃る! なんて思っちゃって、出口のドアの前で、振袖の長ーい袖をひるがえして、にっこり笑って言ったの。「オ・プレジール・シュ・エ・ダム! エ・ボンヌ・コンチニュアション!」。(御機嫌よくお続けください)というような意味だと思ったんです。これは前日、酒屋の丁稚さんがうちの女中さんに言った挨拶で、カッコよくて切り札に使おうとカタカナで書いてしっかり覚えていたんです。そしたら並み居る紳士淑女サマ方がぎょっとして私を見つめたんです(笑)。

 フランスは階級制がないけど、言葉の階級があります。インテリが使う言葉、商人や労働者の言葉がアクセントまで違うの。「帰るけどさ、上手くやんなよ!」みたいな響きだったのでしょうね。

磯田 日本語だったら「あとは、どうなと、こうなと、やっとくれ」と江戸下町言葉でいった感じですね(笑)。

 江戸っ子の言葉も、下町の人が使うとカッコいいじゃないですか。主人がエレベーターに乗ったら、顔を真っ赤にして笑いながら「惠子、あれはどこで覚えた」って。酒屋の丁稚さんが言っていたと答えたら「これからは台所では勉強するな」(笑)。

磯田 日本でもそういった階級みたいなものは、本当はあるんでしょうが、覆い隠されている。一見、明治維新以後それを壊したから、陸軍の将校だって貴族である必要はなくなった。でも、実際には僕が古文書を調査していると、銀行員や官僚、大学の先生になっている人は、先祖が庄屋さん、お侍さん、地主さんが多いのも事実です。

『愛のかたち』でも飛行機が趣味の人物が登場しますが、フランスの場合この趣味だけで階級が分かる。男性主人公が小さいころから寄宿制の学校にいるのも、そうですね。大学生に教えるときに「自分たちと同じ社会が地球上で展開していると思ってはいけない」と言うんですが、岸さんの一冊を読めばすぐにわかりますよ。

 うれしいです。そういう読み方をしていただいて。ほんとうに地球の上は日本ばかりではないんです。

磯田 娘さんは日本とフランスの文化の違いをどう乗り越えたのですか。そもそも、岸さんの作品を観たり読んだりされますか。

 私が女優として賞をもらった映画も観ません。私が離婚したのは娘が十一の時。彼女にとって、父親はヒーローでしたから大好きで離れたくなかった。それでも私は日本に連れて帰りたくて。でも、当時の日本の法律では、うちの娘に日本国籍はもらえなかったんですよ。父親が日本人なら許されるのに。

磯田 いまは変わりましたが、当時はそのようですね。

 私は法務省にも電話して抗議しましたけど、娘は日本に拒絶されたわけです。

磯田 そうなんですか。

 日本語はソルボンヌを出てから、東洋語大学にも入ったので、読み書きはできなくても、片言は話せる。それでも、ママの書いた本は読めないし、読む気もない。「私はママが女優であろうと作家であろうと、どんなに有名だろうと関係ない。私にはすごくいい母親だから、それだけでいい」というんですね。

 去年、『わりなき恋』を脚本化して一人舞台をしていると知って、孫たちに、「すごいね、ミミー(私のあだ名)、オーディションに受かったの?」って聞かれました(笑)。

磯田 そんな(笑)。

 私がどういうことをしている人か、全然知らないんです。それにしたら、ずいぶんお小遣いをあげているのにね(笑)。娘は私という母親に関心を持ってくれないけれど、彼女はしっかり、フランスでいい家族をつくっています。

磯田 旦那さんは、アングロサクソン系でバイオリンを弾かれているとか。

 いまは映画音楽も手掛けていて、この前も海外のいくつかの映画賞を受賞しました。それで彼女の家族と話していると日本語は全然出てこないわけです。

磯田 フランス語になるわけですか。

 いえ、夫がいるときは英語。私以外はみんな英語が堪能なので。そうすると私、これが私のたった一つしかない家族なんだ、と寂寥感にうたれます。ちょっと悲しくなりますよね。

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オール讀物2018年1月号

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