2018.04.26 別冊文藝春秋

『刀剣乱舞の沼』浅葉なつ――別冊コラム「偏愛がとまらない」

文: 浅葉 なつ

電子版19号

「別冊文藝春秋 電子版19号」(文藝春秋 編)

 二〇一五年五月、水戸にある徳川ミュージアムで、真っ黒に焼けた一振の太刀が一日だけ公開されました。関東大震災で被災し、焼身のまま保管されていたその刀は、初代仙台藩主伊達政宗の愛刀『燭台切光忠』。ネット界隈では焼失とも消失とも言われていたそれが公開されたきっかけは、某刀剣ソーシャルゲームのファンからの問い合わせでした。

 日本刀といえば、これまで中高年の男性を中心に人気があったジャンルですが、『刀剣乱舞―ONLINE―』というゲームが刀を擬人化することで、その入口を広くしました。キャラクターを通して刀の由来や来歴を調べるうち、刀そのものにはまったファンの多くが、収蔵されている博物館等に足を運んでいます。そして私も例にもれず、知人から勧められたそれに見事にはまりました。ちょっと覗いてみようかと沼を見下ろしていたら、いつの間にか突き落とされていた感じです。個性の際立つキャラクターの魅力もさることながら、『戦国無双』で日本史を再履修した身として、早々に刀本体の方に興味を持ちました。初めは自宅近くの展示会場のみに顔を出していましたが、今では福岡、名古屋、東京など、刀のためだけに旅をすることも増えました。そんな話をすると、一体刀の何がそんなにいいのかとよく訊かれるのですが、実際に刀を目にすると、それが本当に存在し、ひいては振るった人がいることの事実を肌で感じ、今まで点だった歴史の認識が線になって紡がれていくことに抗えない魅力を感じるのです。例えば『宗三左文字(義元左文字)』という刀は、戦国時代に三好氏から武田信虎(信玄の父)に贈られ、その後娘の結婚とともに今川義元へ渡ります。しかし桶狭間の戦いで敗れて織田信長の手に渡り、本能寺の変を傍らで見届け、豊臣秀吉から徳川家康へ渡ったのちは、徳川家の重宝として受け継がれました。日本人なら誰でも一度はドラマや漫画で見たことのあるあの時代を、一振の刀がともに駆け抜け、すべての主亡き今刀のみが残っているという事実に、なんとも言えないせつなさと滾りを感じるのです。キャラクター愛だけにとどまらない、歴史の一端を別角度から再認識できるところに「この沼は深い」と言わざるを得ません。

『刀剣乱舞』とコラボすることによって、例年の数倍の集客があったという施設は多く、冒頭の『燭台切光忠』も、その後行われた約二ヶ月間の限定展示に通常の五倍の来場者が訪れました。そういった反響の大きさから、個人蔵のため長らく公開されていなかった刀が展示されたり、失われた刀の復元、写しの作成という企画が動き出したりと、業界全体が活気づいている印象です。どんなに魅力があるものでも、注目してもらえないことには意味がありません。ひとつのゲームをきっかけに、日本刀は確実に今までとは違う視線を浴びています。

 日本において漫画やアニメ、ゲームが流行し、社会現象となることはさほど珍しくありませんが、それがきっかけになって、文化財保護に繋がっていくというケースはあまりなかったように思います。様々なコンテンツが乱立する今、題材やモデルへのリスペクトもないまま、消費されていくものに疑問を感じることもありました。すべてがこのようにうまくいくとは思いませんが、コンテンツ作成側の末席にいる身として、作品を通して地域や社会に還元していくことの重要性を考えさせられます。『刀剣乱舞』は現在、舞台、アニメへと派生し、今年はミュージカルのパリ公演、さらには実写映画化も決定しました。日本の刀から生まれたキャラクターが世界を席巻する日も、そう遠くないかもしれません。

あさば・なつ/四国生まれ。関西在住。二〇一〇年第一七回電撃小説大賞でメディアワークス文庫賞を受賞し、『空をサカナが泳ぐ頃』でデビュー。『神様の御用人』が人気を博し、同シリーズは累計百万部を突破。他の著書に『香彩七色~香りの秘密に耳を澄まして~』『山がわたしを呼んでいる!』『カカノムモノ』など。

 

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