書評

書かなければいけない真実の物語

文: 原田 マハ (作家)

『太陽の棘』 (原田マハ 著)

「ニシムイ美術村」との邂逅

 そして、画家たちがニシムイ美術村で制作した作品は、その後、海を渡り、サンフランシスコ在住のあるコレクターのもとに保存されている。そのコレクションが里帰りし、沖縄県立博物館・美術館の展覧会に出品される――と、番組の中で紹介されていた。

 コレクターの名は、スタンレー・スタインバーグ博士という。博士は精神科医で、1948年、24歳のとき、沖縄米軍基地に派遣され、軍医として2年間を那覇の基地で過ごした。派遣されるとき、彼は「必需品」として、真っ赤な車、ポンティアックを持ち込んだ。この車に乗って、焦土と化した那覇市内へ冒険に繰り出したのである。そして迷い込んだ先が、ニシムイ美術村だった。

 もともと自身も絵を描くのが趣味だった博士は、ニシムイで出会った画家たちと交流し、一緒に絵を描き、多くの作品を購入して、本国へ持ち帰った。その後、彼らと会うことはなかったが、博士は作品を今日まで大切に保管してきた、ということだった。

 その作品群が沖縄へ帰ってくる。番組を見終わった私は、すぐさまインターネットで那覇行きの航空券を予約した。これだ、という声が頭の中に響いていた。これこそが私が書きたかった物語、書かなければいけない真実の物語なのだ。

 はたして私は、沖縄県立博物館・美術館で、スタインバーグ博士のニシムイ・コレクションを見た。玉那覇正吉の描いた肖像画「スタンレー・スタインバーグ」、そして「自画像」。この2点が並んで展示されているのを眺めるうちに、時を超えて、ゆっくりと、しかし確実に、物語が動き始めた。

 展覧会のカタログの中で、スタインバーグ博士は、「私たちは、互いに、出会うなどとは夢にも思わなかった」と書いていた。しかし、沖縄の画家たちとの出会いは、彼の人生にまばゆい光を投げかけることとなった。当時、食べていくのもせいいっぱいというような状況下で、博士とニシムイの画家たちは、アメリカ人と日本人、支配するものとされるもの、大きな隔たりを超えて交流をした。それはなぜか。両者のあいだには、アートがあったからだ。

 アートには、国境などない。いかなる言葉も必要ない。1枚の絵があれば、それによって心を通わせることができる。それこそが、アートの本質であり、すばらしさなのである。

 スタインバーグ博士とニシムイの画家たちの交流、その史実を踏まえつつ、想像の翼をはばたかせ、書き上げたのが「太陽の棘」である。私は、本作を携えて、この夏、90歳の現在も現役で精神科医を務めるスタインバーグ博士を訪れるつもりだ。日本で生まれた物語を、今度は博士のもとへと帰そう。そう願っている。

太陽の棘
原田 マハ・著

定価:1,400円+税 発売日:2014年04月21日

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