書評

半沢直樹と歩んだ十年

文: 池井戸 潤 (作家)

『オレたちバブル入行組』 『オレたち花のバブル組』(池井戸潤 著)

ドラマ『半沢直樹』が絶好調だ。原作『オレたちバブル入行組』が生まれたのは、十年前。物語に込めた思い、半沢誕生の秘話とは――

 原作を読んだ人によく、「銀行って怖いところですね」と言われるんですが、あまり本気にしないでくださいね(笑)。だいたい僕は、国税局の査察は横目で見たぐらいで、金融庁の検査も全く経験していない。経験をそのまま書いたり、取材を綿密にして書く、ということは、まずしないんです。枠組みはともかく、ディテールは全て想像で書いていますから。それでも、意外に間違ってはいないんですけれどね。『ロスジェネ~』では、半沢の出向先の部下にロスジェネ世代の森山がいて、半沢も部下の扱いにはかなり気を遣っていたりもしますが、僕はロスジェネの部下を持ったこともありませんからね(笑)。ロスジェネ世代の人たちは傷つきやすくて、噛んで含めるようにして言わないと、すぐに会社を休んじゃったりしますよね。銀行ってそもそも、絶対的な稟議の期限があって、稟議が期日までに通らないとリアルに倒産企業が出ますから、本当は個人の事情なんて勘案されないんですが、ロスジェネにはロスジェネの人の言い分がありますから。僕個人としては、待遇に不満があるとかで悩むのは、贅沢病なんじゃないの、と思ってしまいますが(笑)。

 銀行がどういう場所か知らない人が読んでも、これはフィクションなんだ、って思ってもらえるように、たとえば黒崎駿一(『オレたち花のバブル組』で半沢と対決する金融庁検査官)をオネエキャラに仕立て上げて、「これ、ウソですからね、本気にしないでね」というエクスキューズをそこはかとなく入れているつもりなんです(笑)。悪役って使い勝手がいいんですよ。悪いことの幅ってものすごく広いし、悪役がたまにいいことをするとホロッときちゃったりする。警察小説と違って、サラリーマンを書くと、どうしても人物の立ち位置や背負っているものによって、善悪の意味も変わってきますからね。物語の奥行を広げるためには、悪役をうまく使うしかない。ドラマでも、黒崎役の片岡愛之助さんが板についていて、いいキャラに仕上がっている(笑)。いま連載中の『銀翼のイカロス』で、黒崎をまた登場させたくなりました。

『半沢直樹』シリーズに共通して言えるのは、小さい話を書くつもりはない、ということ。足元にある石ころを拾い上げて意味付けするような、そういう話には全く興味がないです。もっと大上段に振りかぶってバサッと斬るような話が、このシリーズにはピッタリくる。最新作でも、敵はナショナルフラッグの「帝国航空」で、おそらく半沢はこの後、政治家=国家権力と戦っていくという展開になると思います。

 一作目で半沢は三十八歳くらい、二作目では四十一歳くらいで、二~四作の間はほとんど時間が経っていないので、いまの半沢は四十二歳くらいでしょうか。シリーズ開始から十年経っているわけですから、これじゃ作者の方が先に死んじゃいますね(笑)。正直に言うとこのシリーズでは、半沢を頭取まで出世させたくないんです。イギリスの作家セシル・スコット・フォレスターの海洋冒険小説『ホーンブロワー』シリーズでは、主人公のホレイショ・ホーンブロワーは、海軍士官候補生から始まって、最後は海軍元帥になるんですが、一番面白いのは、ちょっと偉くなりかかった頃の活躍なんです。人って偉くなってくるとだんだんつまらなくなっていく。銀行でいうと、次長か調査役ぐらいが一番面白いと思います。上にも下にも敵がいて、そんなに権力があるわけでもない。権力がないから、知恵で戦っていくしかない――それくらいのバランスが、ちょうどいいんじゃないかな。権力を振るって物事を解決する奴って、はっきり言ってヤな奴でしょう(笑)。

 このシリーズ、女性読者にもぜひ読んで頂きたいです。僕は自分の小説のキャッチフレーズに、「企業小説」、「サラリーマン小説」、「オジサン」という言葉を、意図的に使わないようにしています。『半沢直樹』シリーズは、サスペンスでもあるし、確かに男の登場人物が多いですが、全ての働く人のための小説でもあります。そして、読者がまた望んで下さるなら、ずっと半沢で新作を書き続けていきたいと思っています。

オール讀物 8月号

特別定価:980円(税込) 発売日:2013年7月22日

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オレたちバブル入行組

池井戸 潤・著

定価:690円(税込) 発売日:2007年12月10日

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オレたち花のバブル組

池井戸 潤・著

定価:690円(税込) 発売日:2010年12月03日

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