キャプテンサンダーボルト

第3回
「野暮用があってな」

文: 阿部和重 / 伊坂幸太郎

『キャプテンサンダーボルト』 (阿部和重 伊坂幸太郎 著)

 ばつが悪いのを隠すようにして、田中徹は車寄せのほうを向いた。ここで業務に戻られて会話を絶たれてはまずいのか、相葉時之は慌て気味に傍らに寄ってきて、笑いまじりにこう取り繕った。

「いやでもな徹、ほんと言うと、ここんとこの俺はアホかってくらいまともなんだ。今日は緊急事態の特例。ちょっとわけあって、富樫や福士なんかと数年ぶりに一仕事やることになっちまってさ。昔から、あいつらのなかだったら、俺が一番まともだったろ」

「冗談だろ」田中徹は笑いをこらえられない。少年野球をやっていた頃から、富樫や福士、田中徹を率いて馬鹿なことをやろうとするのはいつだって、相葉時之だった。皆が成長し、大人になることはあっても、相葉が最もまとも、などという状況はどう考えてもあり得ない。「思い出してみろよ相葉、おまえが高校やめる前、仙台行くのに俺を付き合わせたことあったろ」例によって、あちらの暴走族と一悶着起こし、大変な結果になったのだ。「あのとき、井ノ原なんて、おまえのせいでとばっちりで」

「おい、井ノ原の話はすんなって。前から言ってんだろ、あいつの話はなしだ。忘れんな」そう言い返す相葉時之は、分かりやすいほどに、痛いところを突かれた顔つきになっていた。

「はいはい、井ノ原の話はなしね。それはわかったけどさ、いつだっておまえがなんかやらかして、俺たちを巻き込むってのは事実だからな」田中が追い討ちをかけると、相葉時之は笑ってごまかし、こんな近況を明かして切り抜けようとしていた。

「そうは言うけどさ、これでも俺、最近はすっかり落ち着いて、真面目にバッティングセンターのオヤジとかやってんだけどな」

「嘘つけよ」

「ほんとだって。あそこだよ、天童温泉の。懐かしいだろ? 一昨年の暮れにおやっさん脳梗塞やってさ。今はぴんぴんしてるけどな。でもそれ以来、リハビリだのなんだので店つづけらんないっていうから、俺が代わりをやることにしたわけ。おまえ今度彼女でも連れて遊びにこいよ。タダにしてやるから」

「絶対か」「一回だけな」「けちすぎるだろ。打ち放題にしろよ」

「ほんとに彼女がいるんならな」と言い添えて肩をこづいてきた。

 そこへまたタクシーが滑り込んできて、今度は右足に思いきり水をかけられたが、田中は構わず接客をこなした。降りてきたのは今回も、外国人の男たちだった。

「ガイジン多いな今日。なんかあんのか?」

「だからレセプションだって。国際交流の宴会。JICAが主催して、海外研修員っていうのを招いてるわけ」

「JICAってのは、JAFとは違うのか」

「どう考えても違うだろうが」

「JAFはすげえよな。なんでも解決してくれる」

「ああ、すげえすげえ」

「それで、なんの国際交流だって?」

「農業技術の研修で来日してるんだよ。タジキスタンとかウズベキスタンとかから。政府と農業関係者が五、六人ずつ招待されてるって話だったかな。その連中の歓迎パーティーだから、大使館員とか東京のお役人なんかもたくさんきてるわけ。台風直撃ってときにまったくご苦労なこったわ」

 自分から興味を示した割にはどうでもよさそうに、相葉時之は、「へえ」などと返事して腕時計を一瞥している。

「で、徹、おまえさ、今日の仕事って八時までだよな? あと四時間あるな」

「そうだけど。って、なんでおまえが俺のシフト知ってるんだよ」

「調べといたんだ。いちおうな」

 田中はあきらめ顔で横を向いた。「なにやらせるつもりだ」

「ちっとも難しいことじゃねえよ。六時くらいに、いかにもって感じのアルミのアタッシェケース持った、いかがわしい業者が訪ねてくるから、そいつにこれ渡すだけだ」

 相葉時之が手渡したのは、板状チューインガムの包装紙だった。裏返してみると、白地の部分にボールペンで「1115」とのみ記されている。部屋番号だなと見当をつけると、田中はそれを制服の胸ポケットにしまった。

第4回「それでもエースって、恰好いいじゃないですか」は2月5日(木)07:30公開です。

キャプテンサンダーボルト
阿部和重 伊坂幸太郎・著

定価:本体1,800円+税 発売日:2014年11月28日

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