インタビューほか

北村 薫×桜庭一樹×宮部みゆき ビブリオバトル「直木賞受賞作、私のこの“1冊”」

第150回記念芥川賞&直木賞FESTIVAL

好きだからこそ別れる男と女

北村 鶴八と鶴次郎は三味線と新内、今で言えばギターとボーカルみたいな感じの2人組です。幼い頃から一緒で仲がよくて、好きあっているのに、喧嘩ばかりして、お互いの気持ちに正直になることができない。結局、鶴八は伊予善というお金持ちのところに望まれて嫁ぎ、コンビは解消してしまいます。大切な相方を失った鶴次郎は落ちぶれて、みすぼらしい、荒れた生活を送ることになります。ただ、このままでは、稀代の2人組の芸があまりにももったいない。そんな折りに、名人会という催しが企画されることになったときに、人々が、「あの2人をもう1回復活させようじゃないか」ということになるんですね。で、鶴八は、その6日間だけならと、三味線を弾く。これが素晴らしい。鶴次郎の声も昔のハリを取り戻し、みんなが感嘆する。鶴八は芸の虫がやっぱりうずくのか、「私はもう1回、あなたとコンビを組みたい」。「そんなこと言ったって、堅気の奥さんなのに」と鶴次郎。さらに、「離縁されても舞台に立つ」と鶴八が言い出したときに、鶴次郎が突然、三味線の悪口を言うんですね。「下手だ!」と。プライドが高い鶴八は、もう絶対にやらない、と烈火のごとく怒ります。

 鶴次郎はなぜそんな態度に出たのか。これこそ、「別れることはつらいけど、仕方がないんだ、君のため」ということなんですね。このまま黙って、そーっとしておいてやりゃ、幸せに人生を送るあの人。芸なんていう頼りにならないもののためにあの人の一生をムチャクチャにすることはできない・・・・。

 鶴八と鶴次郎、新内と三味線とくれば、いかにも日本的な世界に思えます。ところが、私、劇作家の福田善之先生とお話する機会があったのですが、福田先生が、「川口松太郎のあの作品というのは、実は『ボレロ』という外国映画を下敷きにしているんだ。それを見て川口松太郎は日本に焼き直してあの作品を書いた」とおっしゃるんですね。実は私も、さきの「別れることはつらいけど――」が、あるとき、これは至って日本的な感情であって、海外ではこういうことはありえないという新聞記事を読んで、なるほどなと思ったことがあります。しかし、ちょっと待て、『椿姫』もそうじゃないか。『カサブランカ』はどうだろう? 

 物語にはさまざまな型があります。その中でも、川口松太郎自身がこのパターンが非常に好きだったようですね。たとえば、『人情馬鹿物語』という短編集は、彼女が好きなんだけど、彼が好きなんだけど、だからこそ別れる男と女の姿が全編にわたって登場します。《忘れじの行く末までは難ければ今日を限りの命ともがな》という和歌がありますでしょう。君のことは忘れない。うん、それはもう確かなんだけど、いつまで続くかわからない。それだったらいっそ死んでしまいたい。ある意味、別れるという行為は「愛」をフリーズドライして、ずっと永遠に保つ1つの方法かもしれないのだ――そんな物語の定型がここにはある。「鶴八鶴次郎」、直木賞第1回受賞作はまさにそういう作品だと読んでもらえたらと思います。以上でございます。(ここでタイムアップの鐘が鳴る)

――ピッタリです! 北村先生、ありがとうございました。この第1回直木賞受賞作、川口松太郎さんの「鶴八鶴次郎」に関して、ご質問ございましたら、どうぞ。

桜庭 私からこの作品の感想を一言、言わせてください。実はつい最近読んだのですが、本当に面白かった。浪花節なんだけど、行き過ぎない、足りな過ぎない、ちょうどいいところで、品がよくて、華があるんですよね。

宮部 私は、川口松太郎の作品は、北村さんとアンソロジーの仕事をご一緒したときに、勧めていただいて何作か読みました。最初、『人情馬鹿物語』というストレートなタイトルを聞いたときには(笑)、「は?」と思ったんですけど、わが家の近所の深川あたりが舞台になっていたこともあって、親近感を覚えました。それで、プロフィールを読んでいたら、「夜の蝶」という言葉を作ったのが川口松太郎だということを知りました。ちなみに「黒い霧」という言葉を作ったのは松本清張です。はい、豆知識でした(笑)。

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