書評

日本の頂点捕食者を考える

文: 高槻 成紀 (麻布大学教授)

『捕食者なき世界』 (ウィリアム・ソウルゼンバーグ 著/野中香方子 訳)

捕食者の再導入という試み

  さて、著者は第十章で、北アメリカにゾウやライオンを導入するというプロジェクトを提唱した科学者たちのエピソードを紹介している。第八章でとりあげられている、イエロー・ストーンへのオオカミの再導入などとともに、頂点捕食者を人間の手によって再び、生態系のなかに戻すという壮大な実験の帰趨を追いかけている。

 オオカミ再導入に際しては、オオカミの存在の是非を議論し、研究者がデータを出し、復帰のためのプロジェクトを作り、社会合意を形成し、実行に移してしまった。そのためにどれだけの予算が投入され、すぐれた研究がおこなわれたか。我が国でもオオカミ復活を提唱するグループが活動しているが、これまで行政などに取り上げられたとは聞いていない。シカ問題に関係した者として内心忸怩(じくじ)たるものがある。本書によれば、アメリカ・カナダにおけるオオカミの導入によるシカの繁殖の抑制はある程度成功をおさめているかにみえるのだ。

 ただ、本書でも指摘しているように、頂点捕食者を機械の部品のように、もとに戻せば生態系がもとどおりになるわけではない。どんなに小さな動物でも、それだけが生きているわけではなく、さまざまな寄生虫や病気も保有している。ましてや異なる系に大型の外来生物が侵入した場合に、想定もしていなかったような事態が生じた例は枚挙に暇(いとま)がない。

 日本の例としては、奄美大島で一九七九年に、ハブとネズミを退治するためにマングースを導入した例がある。しかしマングースは、閉じ込められた場所でハブと闘わなければならない状況に追い込まれればハブを殺すこともあるが、自然界ではハブを襲わない。また木登りの得意なクマネズミに対しては役に立たない。その上、繁殖力の強いマングースは、天敵のいない環境でまたたく間に繁殖して農業被害を出すようになったうえ、アマミノクロウサギなどを捕食するようになり、希少な固有種が絶滅の危機に瀕するという皮肉な結果になった。

 

  二〇一〇年十月には名古屋で、生物多様性保全についての「生物多様性条約」締約国会議(COP10)が開催される。生物多様性保全の重要さは、本書が説く、自然の構造や機能、生き物のバランスを理解することにこそある。そのことを考える上で本書の出版はタイムリーであったといえるだろう。

捕食者なき世界
ウィリアム・ソウルゼンバーグ・著 , 野中 香方子・訳

定価:1995円(税込) 発売日:2010年09月15日

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