インタビューほか

子どもの鋭い感性に目を向けて――国民的絵本作家から全ての親子へ、未来への希望のメッセージ(前)

「本の話」編集部

『未来のだるまちゃんへ』 (かこさとし 著)

『だるまちゃんとてんぐちゃん』『からすのパンやさん』など、数多の人気絵本を世に送り出してきた加古里子さんは、現在90歳。湘南の海にほど近い丘の家で、今も机に向かい描き続けている。歩んできた人生、絵本創作の原点など、初の語りおろしとなった本書の文庫化を機に、お話を伺いました。

――中川李枝子さん(『ぐりとぐら』の著者)が19歳の学生だった頃、川崎のセツルを訪ねて行ったら、背の高い青年が子どもと真剣勝負でやり合っていたと、本書の解説で加古さんについて書かれていますけど、中川さんのことは覚えていらっしゃいますか?

加古 子どもの方を一生懸命見て、あまり大人の方は見ていなかった……(笑)。セツルの「子ども会」には(東京大学以外の)他の学生も参加していて、特に保母学院(中川さんの出身校)の女性の方が非常に多かったんですけど、入れ替わり立ち替わり来られましたから、来た人に名前を書いてもらっていたのだけど、中川さんはお書きにならなかったのか、名簿になくて分からなかったんですよ。

 セツルに通っていた仲間について言うと、僕の見たところ教育学部と医学部(東京大学)の連中が一番しっかりとした考えで活動していましたね。後に作家になった加賀乙彦も、医者として診療所を担当していた。夜になると、「ちょっとイイものがほしいねぇ……」なんて言い合って、炬燵にあたりながらブドウ酒を飲んだりなんかしてね(笑)。子ども会には、日本美術史の辻惟雄(今年の文化功労者)がいたけど、当時は大学院生だった。おとなしいから、紙芝居のときにお姫様役で読んでもらっちゃって……はっはっは(笑)。

――錚々たるメンバーが集っていたんですね。

加古 皆なかなか一生懸命でしたよ。セツルに来たってお金をもらえるわけでなし、何の資格が得られるわけではなし、ボランティア精神で来ていた。だから皆、自分でやりがいを探して達成する何かを見つけようとしていました。何か自分自身でやらない限りつまんないや、もっと意味のあるところで俺は活動しようと去っていくなど、ずいぶん色々と考えるわけです。活動がスタートする4月は人数が一気に増えるけれども、10月ぐらいになると最初の半分ぐらいに人数が減っちゃう(笑)。淘汰されていくわけですよ。だから僕に言わせると、「生き残った」連中というのは、非常にしたたかな人たちだったですねぇ。

(中)へ続く

かこさとし(加古里子)

かこさとし

絵本作家、児童文化研究者。1926年福井県生まれ。東京大学工学部応用化学科卒。工学博士。技術士(化学)。大学卒業後は民間企業の研究所に勤務しながら、セツルメント活動に従事。子ども会で紙芝居や幻灯などの作品を作り、59年『だむのおじさんたち』で絵本作家の道へ。代表作に『からすのパンやさん』『だるまちゃんとてんぐちゃん』『どろぼうがっこう』など。『かわ』『海』『宇宙』などの科学絵本も多く手がけ、作品数は600点以上にのぼる。2008年菊池寛賞、2009年日本化学会より特別功労賞受賞。福井県越前市に「かこさとし ふるさと絵本館『砳(らく)』」がある。写真は「よそゆきなんです」と笑う、背広姿の加古さん。自宅アトリエにて。
かこさとし公式ホームページ http://kakosatoshi.jp/



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未来のだるまちゃんへかこ さとし

定価:本体660円+税発売日:2016年12月01日