書評

足が物語るイタリア

文: 平松洋子 (エッセイスト)

『ロベルトからの手紙』(内田洋子 著)

『ロベルトからの手紙』(内田洋子 著)

 表題作「ロベルトからの手紙」。私たち読者自身が、アメリカからの封筒をじかに受け取る心地をおぼえて忘れがたい。むりにでも成長しなければ生き延びられなかった少年が呪縛から解き放たれ、異国の地で十九歳を迎える喜び、すがすがしさ。ついにロベルトが手中にした晴れ晴れと明るい解放感を寿(ことほ)ぎながら、閉塞感や世知辛さにまみれて青息吐息の大人はほっと胸をなで下ろし、生きていればきっと荒波を渡っていけるのだとみずからを鼓舞(こぶ)する。ロベルトから届いた手紙は、すなわち物語の贈り物である。

 著者の視線は、生きて暮らす人間の背後に潜む時間のふくらみに注がれる。遥かな時間、遠い場所、なまなましい感情に触手を伸ばしながら紡がれる言葉。それらを共鳴させ、唯一無二の物語が生みだされる。

 イタリアに約四十年暮らし、単身生きてきた著者にとって、見る、聞く、感じる、思考する、一連の流れは、つねにものごとのはじまりであり続けただろう。しかも、組織に属さず、たったひとりで働きながら難場を切り拓いてきたのだから、見誤れば命取り。「孤立無援のことも多かった」「私のイタリアでの仕事は、前人未踏のような環境に一人で入っていくことも多く、若い頃は足元がふらつくこともありました」(「あとがきに代えて」)。だからこそ、イタリア各地で見聞した経験を懸命に咀嚼し、血肉とする必要があった。出会った人々をいったん自身の心の奥底に息づかせ、内なる対話をかわす必要があったと思いいたるとき、十三篇の陰影はいや増す。

 思い定めて足を踏み入れたイタリアという国を理解することは、著者にとって生活すること、生きること、自分自身を育てることでもあっただろう。甘さ、苦さをともなってじっくりと熟成されたイタリアの細部は、そののち言葉という果実を実らせ、こうして現れる。

 だから、私たちが出会うのは、内田洋子さんの、内田洋子さんにしか紡ぐことのできない物語の相貌である。

ロベルトからの手紙内田洋子

定価:本体640円+税発売日:2019年04月10日


 こちらもおすすめ
書評語り部の天才が、普通の人たちの輝きを繊細に描いた珠玉の物語(2016.10.14)
書評『シモネッタのアマルコルド』解説(2014.08.11)