書評

そびえ立つ世界最大の「壁」……「魔の山」に挑むクライマーの人間ドラマ

文: 市毛良枝 (俳優)

『大岩壁』(笹本稜平 著)

『大岩壁』(笹本稜平 著)

 晴彦は、兄俊樹から託された山への思い、幼少期より持つ兄への畏敬の念を携えて、時に立原らに寄り添う相棒として、または、敵対する異能の持ち主として、エキセントリックに、ミステリアスに行動し、読者を引き込み翻弄していく。もうひとりの登場人物、吉村勝也は、立原とは山岳部時代からの仲間だが、いまは先鋭的な登山から距離を置き、現地でトレッキングのサポートを生業としている。山男はそれぞれに、紡いできた時間の折節に、その力や心に従って山と対峙する。

 ただ未知の頂に立ってみたい。人は未知のものへの畏敬の念と憧憬の思いを持ち、登山家であれ、誰であれ、まだ見ぬ世界を見聞きし、そこに身を置き、深く知りたいと思うものだ。その欲求は人間の本能ともいえる自然なものである。

 

 とは言え、おそらく、穏やかに市民生活を送る人の多くは、なぜそんなところに行くのだろうと思うだろう。登山とは危険なもの、苦しいもの、そんなところに行く人の気が知れないという感想は、多くの人の共有するものだろう。辛いのに、危険なのに、どうして……。しかし、登ってみるとそういうものでもなかった。

大岩壁笹本稜平

定価:本体740円+税発売日:2019年05月09日


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