インタビューほか

<川上未映子 真夏の出来事:インタビュー>生む/生まない、そして生まれることへの問い

「文學界」編集部

<川上未映子 真夏の出来事:インタビュー>生む/生まない、そして生まれることへの問い

七月刊行の『夏物語』は、川上氏がこれまで取り組んできたテーマの集大成と言える最大長篇となった。 以前から川上作品に深いシンパシーを感じてきた翻訳家の鴻巣友季子氏を聞き手に、生む/生まない、そして人が生まれてくるとは何かを、『夏物語』と共にたどる―――


『夏物語』(川上未映子 著)

『乳と卵』の緑子のその後

鴻巣 『夏物語』は私個人にとっても切実なテーマがいろいろと含まれていて、理性的にお話しできるかどうか自信がありませんが、読者への水先案内ができるよう頑張ってみます。第一部は、芥川賞受賞作の『乳と卵』を全面的に語り直すかたちになっていますね。

川上 はい、いわゆるリブートですよね。

鴻巣 『乳と卵』をもう一回語り直そうというモチベーションが先にあったのか、それともAID(非配偶者間人工授精)というテーマが書きたいものとしてあり、もう一度『乳と卵』に向き合って、三十八歳になった主人公・夏子の視点と語りで書いてみようと思ったのか、どちらでしょう。

川上 動機は複数あるんですけれど、何年か前、『乳と卵』に出てくる夏子の姪・緑子が気になっている時期があったんです。十二歳だった彼女が二十歳前後になって、どう変化しているのかなと。ただ、その興味は『あこがれ』でヘガティーという女の子を書いたことで、いったん落ち着きました。その後、AIDを題材に、生殖倫理にまつわる長篇を書きたいと思うようになりました。そのテーマと『乳と卵』の登場人物たちが結びついたんです。

鴻巣 『乳と卵』で緑子が抱えている女性性やそれに伴う身体の変化というものに対する、強烈な違和感と疑義、どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのか、というところは、今回の作品の根幹の部分とつながっていると思います。緑子が抱えている性への違和感、抵抗感みたいなものが、『夏物語』を起動させる大きな起爆剤になったのかなと。

川上 緑子は『乳と卵』では、小さな反出生主義者というか、卵子と精子を合わせないほうがいいのではないかという直感に近い実感を持っています。それと生殖倫理は地続きの問題で。私たちにとって取り返しのつかないものの代表は「死」ですよね。だけど、それと同じように生まれてくることの取り返しのつかなさもある。それを書くには、『乳と卵』に出てきた夏子とその姉の巻子、そして緑子の三人をもう一度登場させて、彼女たちがどのように生きてきたのか、身体の変化はもちろんですが、その背景を含めて展開しなければと思いました。

鴻巣 今回、AIDという題材を選ばれたというのは、そこにつながるバックグラウンドがあったんだと思います。その意味でも、前作の『ウィステリアと三人の女たち』は、川上文学においてとても重要な作品ですね。特にこの表題作が、ヴァージニア・ウルフの『波』への果敢なオマージュ、そしてカウンターパンチみたいなところもあります。表題作に出てくる女性は、今回の主人公である作家の夏目夏子と同年齢の三十八歳ですよね。『ウィステリア』の主人公は、妊娠を望みながらもかなわない。不妊治療も夫に拒まれるというか、全く関心がない。この夫は一見優しくて理知的に見えるけど、実は陰湿なモラルハラスメントをどうも繰り返していて、どうやら浮気もしていて、彼女を相当追い詰めている。最後にこの女性は、精神が崩壊するような、闇の中に意識が溶け出してしまうような体験をする。夜の廃墟の中で、闇と過去の記憶と、自分の記憶と他人の記憶とが混然一体となるような境地に陥っていく。そういう意識の流れがウルフも顔負けの文体で見事に描かれていました。

川上 ありがとうございます。鴻巣さんにそう言っていただくと嬉しいですね。「ウルフも顔負け」はぜひゴチックで(笑)。

鴻巣 一方川上さんは、『すべて真夜中の恋人たち』を出されてからの間に、妊娠、出産、非常に大変な時期の子育てというのを経た。ご自身の一連の経験は、AIDという題材を選んだことに関連しているのでしょうか。もしくは、別にAIDを書きたいと思うきっかけがあったんですか。

川上 自分の経験の文章化ということでいえば、『きみは赤ちゃん』というノンフィクションを書いたので、そこで完結していると思います。それとは別に、創作の動機として、常に倫理全般への欲望があるんだと思います。信仰や善悪や生命倫理……その中でも生殖は発端という感触があります。妊娠して出産をするというのは、いったい何が何をしていることなのか。それはいいことなのか、そうでないのか、あるいはそういった評価と関係ないことなのか。書くことで理解したいとかではなく、自分が問題だと思うことを、その時できる技術の限りをもってやっておきたいという気持ちがありました。

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こちらのインタビューが掲載されている文學界 8月号

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夏物語川上未映子

定価:本体1,800円+税発売日:2019年07月11日