2016.01.26 書評

「さらり」の陰に潜む「ぐさり」

文: 芝山 幹郎 (評論家)

『映画の話が多くなって 本音を申せば9』 (小林信彦 著)

『映画の話が多くなって 本音を申せば9』 (小林信彦 著)

 息の長い仕事をする人には、どんな共通点があるのだろうか。継続は力なり、などと世間では簡単にいうが、継続するにはなにが必要かという難問については、だれもあまり語ろうとしない。たまに見かけても、日々精進あるのみとか、千里の道も一歩からとか、自己啓発本にでも出てきそうな、毒にも薬にもならぬ同義反復にとどまっている。

 現役の映画監督で息の長い仕事をしている人となると、クリント・イーストウッド、ウディ・アレン、ロマン・ポランスキーの名前が反射的に浮かぶ。イーストウッドと同い年のジャン=リュック・ゴダールの名も頭の隅をかすめるが、この人は仕事の流儀がちがうのでここには含めない。

 いま挙げた三人はみな八十歳以上で、キャリアも約半世紀におよぶ。イーストウッドだけは一九七〇年代に入ってから監督業に進出したが、俳優としてのキャリアは遠く五〇年代にまでさかのぼる。紆余曲折を経て敷居を超えたときも、清水の舞台から飛び降りたような感じはなかった。むしろ「ここらでちょっと」という感じで、監督第一作『恐怖のメロディ』(一九七一)などは、初陣とは思えぬ落ち着いた気配を漂わせていた。

 それはともかく。

 三人に共通するのは、「無理をしなくてもつづけられるやり方」を、着慣れた服のように身につけていることではないか。もちろん、そのやり方はひとりひとりが異なる。それぞれが「これならつづけられる」というやり方を自家薬籠中の物にしていて、口をとがらせたり、背伸びをしたり、見栄を張ったりする様子がついぞ見受けられない。

 これは、いわゆる自然体とは少し異なる。成り行きまかせとか、天衣無縫とかいった比喩も適切とはいえない。むしろ感じられるのは基礎工事の確かさと、その先にある平叙体の堅牢さだ。彼らは学習や鍛錬になみなみならぬ時間をかけ、「ここぞ」という急所で思い切った勝負に出る。それも一度だけにはとどまらない。

 イーストウッドの場合は、『許されざる者』(一九九二)と『ミリオンダラー・ベイビー』(二〇〇四)がギアチェンジの時期に当たるかもしれない。彼はここで踏ん張った。持ち前の資質をもう一段深く掘り下げ、それに応じた行動の形態や色彩を検証している。撮影や照明や編集の仕方がここでいったんリヴァイズされ、語りの基調となる「ペース」も長期使用に耐えうるものが選ばれているのだ。つまり、イーストウッドは目先の勝負にこだわらなかった。服でいうなら、トレンドに気を取られず、十年二十年経っても着飽きないような生地や色味を優先させている。

【次ページ】

映画の話が多くなって 本音を申せば9
小林信彦・著

定価:本体610円+税 発売日:2016年01月04日

詳しい内容はこちら


こちらもおすすめ
書評小林さんのホームグラウンド(2015.01.26)
書評解説――堅気と狂気(2014.02.03)
書評解説――小林さんの長い影(2013.08.06)
インタビュー・対談「自伝的三部作」を書き終えて(2011.10.12)
インタビュー・対談黒澤明との20年(2009.09.20)
インタビュー・対談〈兄弟対談〉『日本橋バビロン』をめぐって。小林信彦 vs. 小林泰彦(2007.09.20)