真田十勇士といえば、講談を元にした立川文庫が有名である。この架空のヒーローたちの存在感は大きく、特に「猿飛佐助」というキャラクターは、立川文庫以降、小説やNHKの人形劇、漫画、ゲームなどあらゆるメディアを通じて、各世代に満遍なく浸透している。その猿飛佐助を敵の総大将に設定して、大坂夏の陣以降の、徳川幕府による真田残党狩りを描いたのが本作だ。
「これまでの猿飛佐助の描かれ方は、陽のキャラクター、たいてい主人公か主人公の味方です。忍術も体術も超一流、非常に頼もしい。しかし、このキャラクターを敵から見てみたらどうなるだろう、と考えたのが発端でした」
当然、敵側からしたら圧倒的に恐ろしい存在となる。第一章のタイトル「悪夢の猿」は、家康が夏の陣で、猿飛に命を奪われかけた記憶を払拭できず、夜毎、猿飛の悪夢にうなされることからつけられた。家康は、枕を高くして眠れるよう、配下の伊賀者に猿飛を討つよう厳命する。主人公は、壬生ノ数馬(みぶのかずま)という、新参者の忍である。
「家康という絶対的な権力、そして猿飛という圧倒的な暴力。それら逆らいようのない力の狭間で、苦悩して地を這う名もなき人間たちを描きたかったんです。私の勤め人時代の経験が大いに反映されていて(笑)、サラリーマン小説を書いたつもりなんです」
敵方には、霧隠才蔵、三好晴海入道、三好伊三入道、根津甚八、といった、お馴染みの十勇士のキャラクターがずらり、強敵として次々と数馬たちに襲い掛かってくる。また、味方も一枚岩ではなく、服部党と藤林党、百地党(すべて伊賀忍者の系譜)の暗闘も繰り広げられる。
「服部党は早くに家康を主君と定めたので、ガチガチのサラリーマン(笑)。対して藤林、百地両党は、やや家康と距離がある。これはサラリーマンでありつつ矜持を失わない、戦後派や団塊世代といったところでしょうか」
数馬には、雪乃という“くの一”との淡いロマンスもあり、活劇シーンも満載。エンタテインメント時代小説の王道を堂々と描き切った。
「活劇は、時代小説を読む楽しみの一つで、たくさん書きたかったんです。僕は剣道や空手をやっていたので、怪我の様子はそれを思い出してリアルに描きました。数馬の周りの伊賀者たちは、この残党狩りで、まるで虫けらのようにどんどん死んで行くのですが、抗い難いものに対する痛みは、なるべくリアルに伝えたかった」
司馬遼太郎『風神の門』を読んだ世代も、『NARUTO』で忍者に親しんだ世代にも、新鮮な読み味となる一冊だ。