――お互いに好きで一緒にいるのに、肝心な所ですれ違ってしまう……そんな男女の「あるある」を凝縮させたような、奈世と絃の同棲生活を切り取る連作2篇。恋愛の中でもとりわけ「同棲」に注目されたのは何故でしょうか。
綿矢 同棲とは結婚のための準備運動というイメージがありましたが、実は結婚とは地続きではない、独立したイベントなのではないかと思ったのがきっかけです。同棲の延長が結婚と考えているせいで、同棲期間はどこかあやふやな、異次元空間に突入するのではと思いました。
奈世は(そして著者である私も)同棲を、結婚するためにある、いわばリハーサルとしてとらえています。だから、いつまでたっても本番に出させてもらえないというような、歯がゆい気持ちがあるわけです。単行本化のために読み返すにあたっても、主人公が引き延ばされた同棲のまっただなかという「異次元空間」にいることを意識しました。行き先が分からずに混乱しているが、希望だけはうしなわずにいる、そんな女の人のふわふわしたところを加筆してもいます。
――1篇目の「しょうがの味は熱い」では、同棲して半年のある一夜、2人が眠りに落ちるまでの思考を写し取ります。
綿矢 同じ寝床に入ってくっついて寝ているのに、別々のことを考えている男女というのは、もどかしくて、どこか恋のにおいがして、きゅんとして好きなシチュエーションです。すれ違いの極致だからかな。違う人間どうし、違う考えを持つどうしだけど、愛の名のもとに「夢をそろえて 何げなく暮らさないか」という、それこそCHAGE and ASKAの「SAY YES」(作詞・飛鳥涼)的な決着を求めて同棲は続くわけですが、それって本当はとても難しいこと。すれ違いを埋めるために男女努力する姿が涙ぐましくて、途方もなくて、つい書きたくなります。
すれ違いの最大の争点「結婚」をめぐって
――続く「自然に、とてもスムーズに」ではぽんと時間が飛び、同棲も3年を過ぎて結婚にしびれを切らす奈世と、まだ早い、まだ無理だと煮え切らない絃が描かれます。2篇ともなんとも身近な、身につまされる状況やエピソードに満ちていてつい笑ってしまいます。同じ食卓についているのに主食はパンとご飯で揃わなかったり、結婚をめぐる夜な夜なの議論よりも彼は明日も働くための睡眠時間を優先したり……。
綿矢 シビアな状況ですが、奈世はどこか夢見がちな面を残しています。その彼女が、ナチュラルに狂ってゆく場面にリアルさを出したくて。役所に婚姻届を先走って取りに行ってしまう場面なども、書いていて楽しかったです。
対する絃は、わりと冷静なタイプの人なので、彼独特の変さを見つけるのに苦労しました。彼のように、弱音を吐きたくないからすぐに理論で固めようとするタイプの男の人は、なにを考えているのか分からなくて話を聞いていると混乱しますが、頑張って情けないことを言わないようにしている、いじらしい存在でもあると思います。自分でもそんな頑張ってる自分に気づいてないけど、本当は……という。
――「しょうがの味は熱い」の雑誌掲載は2008年と刊行までに時間があり、間には『勝手にふるえてろ』『かわいそうだね?』『ひらいて』が挟まれていますが、執筆当時から現在までの間に、作品や登場人物たちへの見方や距離感が変わられたところはありますか?
綿矢 いまは同棲についてよりも、いま書いている話のテーマについての方が関心はありますし、自分も変わったつもりでしたが、単行本の過程で読み直してみると、登場人物との距離がゼロになる。書いていた当時の状況も思い出して、一瞬自分がまた過去に戻ったような気持ちになりました。
――当時と今で選ぶ題材などにも変化があるのでしょうか。
綿矢 自分と同じ年齢の女の人が気になっていたのがいままでの20代前半なら、後半のいまはいろんな年代の人物に興味が出てきました。たった1年でも、女の人をとりまく状況や考えることは、ゆっくりと、しかし驚くほど変貌します。その微妙な色の移り変わりを細かく、書いていきたいなと思います。変わらないのは、その時の自分にとって興味のある事柄が、とても顕著に物語に現れるところでしょうか。
しらずしらずのうちに、こういうのが物語だと、自分に言い聞かせてきた暗黙のルールを破るような、枠にとらわれないものを、枠にとらわれない書き方で書いてゆきたい。せっかくこのような仕事をさせてもらってるので、文章の可能性をできる限り見ていきたいです。
しょうがの味は熱い
発売日:2015年06月05日