レビュー

探検の現場で感じる
生感覚を言葉にしたエッセイ集

『探検家、36歳の憂鬱』 (角幡唯介 著)

 今回はからずもエッセイ集のようなものを出すことになったのは、身も蓋もないことを言ってしまえば、昨年『空白の五マイル』という作品で大宅壮一ノンフィクション賞をいただき、それがきっかけで文藝春秋社と縁のようなものができて、本でも書いてみませんかと提案を受けたからである。

 しかし本を書いてくれといわれても、簡単に首を縦には振れない事情が私にはあった。私がそれまでに書いた本は、自分で探検をして、その過程を物語にしたものしかなかったからだ。つまり私が本を書くためには、どこかを探検しなければならないのである。しかし探検をするといっても、今はもう21世紀、未知なる秘境なんてそう簡単に見つかるわけがない。どこを探検したらいいのか自分でもよく分からないというのが実情なのだ。しかも仮に対象が見つかったとしても、資料などで下調べし、その上で作品化できるかどうかを見極めなければならない。ということで私はいったんその依頼を保留することにした。そもそも北極探検から帰ってきたばかりで疲れていたということもあったと思う。

 しかしそれから間もなくして、ふと、あの記事を軸にしたら、もしかすると面白い本ができるのではないかと頭に閃くものがあった。

 あの記事というのは以前、山岳雑誌に書いた雪崩の体験ルポのことである。私にはその記事に、他人には書けない、自分だからこそ書けたという思い入れのようなものがあった。本棚から雑誌を引っ張り出し、改めて読み直してみると、全体的に文章は粗雑で、考察も甘く、出来栄えは思ったほどパッとしなかった。最終的に本にするには全面的に書き直さざるを得なかったのだが、それでも雪崩に遭って死なないで戻って来るというのは普通の人が体験しようと思ってもできることではない。

 それに加えてこの記事が自分でも価値があるように思えたのは、私が雪崩に遭ったのは実は1回ではなく、3回だったということもあったからだった。しかもそのうちの1回は完全に生き埋めになり、体は元気なのに死ぬのを待たなければならないという、今思い返してみても、なぜ生き残ることができたのか不思議なくらい稀有な体験だった。

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探検家、36歳の憂鬱
角幡唯介・著

定価:1313円(税込) 発売日:2012年07月21日

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