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地球の未来を左右する太陽の謎に迫る

地球の未来を左右する太陽の謎に迫る

文:緑 慎也 (ライター・編集者)

『太陽に何が起きているか』 (常田佐久 著)


ジャンル : #ノンフィクション

「磁場と聞くと胸がキュンとするんです」

 国立天文台の常田佐久教授は、学生の頃から磁場の魅力に取りつかれてきたという。棒磁石のまわりに砂鉄をまくと、N極とS極を結ぶ磁力線に沿って砂鉄が整然と並ぶ。磁力線は棒磁石が作る磁場をあらわしている。

 常田教授の研究対象は、太陽の磁場。2006年に日本が打ち上げた太陽観測衛星「ひので」が捉えた映像を見ると、怒り狂ったようにのたうち回る磁力線の姿に驚かされる。この磁場が、太陽のさまざまな活動で、重要な役割を果たしているのだ。

 太陽の不思議の1つは、差動回転と呼ばれる独特の自転だ。地球の自転速度はどこもかしこも同じだ。言いかえれば、北海道の1日も、沖縄の1日も同じ24時間である。ところが太陽では北極・南極付近と赤道付近では自転速度が異なる。1回転するのにかかる時間は赤道付近では25日であるのに対し、極付近では35日だ。沖縄の方が北海道より早く1日が終わるようなものだ。

 なぜこのようなことになっているのか、まだ答えはない。だが、差動回転こそ太陽の強力な磁場を作る原動力と考えられている。回転速度の差によって磁力線が巻き上げられていくからだ。その様子を常田教授は、「こびとさんが『よっこいしょ、よっこいしょ』と引っ張って磁力線をぎゅうぎゅうにしている」と表現する。「太陽を10センチメートルに縮めて考える」「磁力線をゴムひもにたとえる」など、常田教授の説明は視覚的で、太陽に親しみを感じさせてくれた。本書では、取材時の楽しい雰囲気をなるべく忠実に再現したつもりだ。

 太陽の光が皮膚に当たるとその部分に温かみを感じる。本書の構成をしたために、こんな当たり前の事実がすごいことに思えた。核融合によって作られた光は10万年以上もかかって太陽の中心部から表面に達し、地球までの1億5千万キロメートルをわずか8分で旅する。その光を自分はいま浴びていると考えるとワクワクした。

 この太陽の調子が最近どうもおかしいらしい。太陽活動の活発さの尺度である黒点の数が少ないのだ。まったく黒点があらわれない日が、2008年は265日、09年は262日で、その後、やや回復したものの、現在にいたるまでずっと黒点数は低調なまま推移しているという。しかも、太陽は約11年周期で活発になったり不活発になったりするのが基本だが、直近の周期は12.6年に延びた。

四重極構造は何を意味するのか

 最大の驚きは、昨年4月の「ひので」観測チームによる記者会見で発表された「四重極構造の兆候」だ。太陽の北極と南極も11年ごとにN極とS極がほぼ同時に入れ替わるが、2012年には北極の磁場がゼロに近づく一方で、南極の磁場は安定してN極のままという不思議な状況が出現したのだ。

 こうした現象はいったい何を意味するのか? 気がかりなのは、地球が寒冷化した時期との類似性だ。ロンドンのテムズ川が凍結することもあった1645~1715年のマウンダー極小期や、他の極小期においても、黒点数の異常な減少と太陽周期の延びが見られたからだ。

 地球は人為的な温室効果ガスにより温暖化するのか、それとも太陽活動の停滞に伴って寒冷化するのかはまだわからない。「少なくとも後10年は太陽を注意深く観測する必要がある」と常田教授は考えている。

 温暖化か寒冷化か、白黒付ける段階ではないのかもしれない。だが本書に地球の行く末を考える上で欠かせない大事な要素が多く含まれていることは間違いない。これまで気候学者たちが低く見積もりがちだった「太陽が地球へ及ぼす影響」という要素だ。本書をきっかけに地球環境問題に関する分野を超えた議論が起こってほしいと思う。

 本書のもう1つの特徴は、日本の太陽観測衛星を開発した当事者の生の声をはじめて具体的に伝えていることだ。常田教授は日本初の太陽観測衛星「ひのとり」から国際協力で開発された「ようこう」「ひので」まで、一貫して衛星開発にたずさわってきた。明るい笑顔と穏やかな物腰とは裏腹に、常田教授は、激しい一面もあわせ持っている。実際、「ようこう」開発中、NASAの有力者から「うるさい研究者がひとりいる」と言われたこともあるという。高圧的なアメリカ人にも臆せず自分の主張を貫いたからだ。しかしその苦労は報われたと言えるだろう。

 昨年8月、アメリカの国立研究会議は「太陽・宇宙物理 技術社会のための科学」なる報告書を発表し、今後10年間の研究指針を示した。そこに日本は最も信頼できるパートナーだから、アメリカは日本の次期太陽観測衛星計画へ参加し、さらに上限250億円で資金提供すべしとはっきり書かれている。なぜ日米にそこまでの信頼関係が構築されたのか。常田教授の証言からその背景が垣間見えてくるはずだ。

太陽に何が起きているか

常田佐久・著

定価:890円(税込) 発売日:2013年01月21日

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