生涯、戦うこと数百戦。刀傷ひとつ負わなかったという剣聖・塚原卜伝。名だたる武将たちを弟子にし、諸国を巡り、多くの伝説を生んだという卜伝だが、その生涯は、伝説と謎に彩られている。『卜伝飄々』は、卜伝が老境にさしかかり、刀を使わずに勝とうとする「無手勝流」に目覚めるまでを描く、一風変わった時代小説だ。
「もともと剣豪小説を書こうという気はなかったんですが、武蔵などにはない、卜伝のどこか力の抜けた様子を一度、書いてみたいと思っていました。卜伝の伝説を調べると、無理せず、むやみに戦わず、肩肘はらず飄々と、どこか仙人めいたところがあるんですが、剣豪として、高みを目指しつつも、悟りきれない卜伝に、どこか自分の憧れを重ねたのかもしれません」
この物語は、巷間知られる卜伝の逸話を元に、彼の人となりを探る構成となっている。冒頭の「南蛮狐」では、落語の「岸柳島」を下敷きに、卜伝の跡をつけ、卜伝が倒した剣客の持ち物を奪って金にする若者が登場し、若者と死にゆく者たちから、ヒントを得て、新たな秘剣を会得する。また、「半々猫」では、時代小説らしからぬ意外なモチーフを使いながら、死生観を語る。卜伝は、死と隣り合わせの世界で、あらゆるものを発見していくのだ。
「死んでいるのも、生きているのも、同じ。それは臨在戦場の卜伝なら必ず、考えていたのではないでしょうか。それで、ふと思い出したのが、量子力学の『シュレディンガーの猫』と、トリュフォーが死んだ後のゴダールの言葉でした。そんないいかげんな思い付きが、物語の中に溢れています(笑)」
考察は、死とともに長く生きること、すなわち「老い」へも向けられる。剣豪としての技術が向上する頃には、すでに体力が衰える。これは、現代にも共通する誰もが抱える悩みでもある。
「老いは必ずやって来ますが、最近は、見た目が若いままの人も増えましたね。でも、それってうまく年を取っているのかなと……。じゃあ、ただただ枯れていくだけなのも、面白くないですよね。その時に、自分だったらどうしたらよいのかなと、考えて書きはじめたんですが、結局、結論が出ませんでした(笑)。ただ、『老い』を追い越せるとしたら、それは卜伝のように、あがいてあがいて自分だけの高みを目指すことしかないのかな……と」
ただ枯れるのでもなく、若くあろうとするのでもなく、あくまで、飄々と理想を目指して、秘かにあがきつづける。それこそが生を享受するひとつの方法であると、風野流卜伝は、教えてくれているのかもしれない。
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