2014.04.28 文春写真館

ハナ肇は親分肌の人情家だった

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

ハナ肇は親分肌の人情家だった

 クレージーキャッツを率いたハナ肇は、昭和五年(一九三〇年)東京生まれ。本名野々山定夫。国民学校卒業後、工学院に入学するが、中退する。急性肺炎を患い、終戦直後には、入院生活を送る。

 いくつかのバンドでドラムを担当。音楽活動を通じて、植木等と知り合う。昭和三十年、クレージーキャッツの前身、キューバンキャッツを結成する。その後、ハナ肇とクレージーキャッツを結成、渡辺プロに所属した。テレビ草創期に、「シャボン玉ホリデー」などバラエティ番組で活躍した。また彼らが出演した東宝映画シリーズも大ヒットした。

 もともとクレージーキャッツはメンバー各自が高い音楽性とテクニックを有していたが、高度経済成長期の日本を代表するコミックバンドとなり、多くの人々に愛された。当時、ハナ肇は、

〈ボクらほんとはバンドなのに今じゃ、普通の人は、クレージーは楽器の演奏もうまいねえ、なんていうんだから、やんなっちゃいますよ〉(「週刊文春」昭和四十年三月十五日号「この人と一週間」より)

 写真はこのときに撮影。

 強烈な個性のメンバー(植木等、谷啓、犬塚弘、桜井センリ、石橋エータロー、安田伸)を引っ張ってワンマンと評されたが、親分肌の人情家だった。

 各メンバーが独自の活動を強めていく中、「巨泉×前武 ゲバゲバ90分!」では長髪にサングラスのヒッピー姿で登場、「アッと驚く為五郎」のギャグが一世を風靡した。

〈ボクは信念、信条なんて何もありません。自分の信念のために戦うなんて、ボクにいわせりゃ、バカですよ。ぼくがいつも考えてるのは、生活をいかにしたら楽しくできるかということです。あとは常識と実行ですよ。とにかくボクは、今まで自分がやったことには全然マチガイがなかったと思ってます。だいたいボクは、懐古趣味がないから、いつでも明日のことを考えてるんですけど〉(前出「この人と一週間」より)

 平成五年(一九九三年)没。

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