「墜落した近くに、うちの実家の町があるんだよ。あ、ほら、蔵王って言うより、御釜(おかま)って言うほうが分かるだろ。あのレンサ球菌で有名な。あっちのほうだよ」
とっさに桃沢瞳は表情を強張らせてしまった。蔵王連峰の「御釜」、そして「レンサ球菌」という単語から、父のことを連想したためだった。同時に、「人はみな死にますけれどね」と言ってきたあの、父の上司の冷たい顔が過ぎり、平静を失いそうになる。
彼女の沈黙と硬直の理由を、隅田は勘違いしたらしく、「あ、地元が蔵王の近くって言っても、あれだよ、御釜からは離れているから。うちは無事」と言い訳がましく説明した。「感染症も結果的には、あんまり関係なかった地域だからね」
その隅田の反応を見ると、感染症が広がっていた当時の、あの地域の住人に向けられた偏見は相当なものだったのだなと思わずにいられなかった。今もなお、蔵王の御釜エリアと同一視されることを恐れてしまうくらいに。
「大丈夫ですよ、ちゃんと子供の頃に予防接種していますから、安心です」桃沢瞳は答えたがその頭には、「本当に?」という声がこだました。ワクチンを接種していれば安全なのか? 予防接種をしていたのに感染した人を知っています、と言いそうになる。
「俺が子供の頃は、ワクチンできるまで、ほんと大変だったんだから。いつ感染するか、びくびくして。罹かったらおしまい、って病気だったからさ。明治時代とか、治療法が見つかる前の結核もあんな感じだったんだろうね。あ、この話はじめると長くなるからやめておくけど」
「さっきの、B29の話って、続きがあるんですか?」
「君が言ったように、蔵王は東京ではない」
「東北ですね。もう覚えました」
「あの日、空襲は東京を目標に行われた。どのB29も任務は、『東京爆撃』だった。なのにどうして、その三機がまったく方角の違う、蔵王に落ちることになったのか」
「ぞくぞくしますね。何でなんですか?」
「なんでなのか俺も分からないんだけど、GHQの報告書によれば、丸ごと『悪天候が原因』らしい。天気が悪くて、東北に落ちた、と。実際、吹雪だったんだ」
「あ、何か普通の理由」
「だけど、後でそのB29の機体から発見された地図を見ると、ちゃんと印が付いていた」
「ちゃんと印が? 何のですか?」
「東北の地図で、山形市だとかに赤丸が。ってことは、東北のほうに、何らかの目的があったとしか思えないんだよ。それに、奇妙な点はほかにもあるんだ」
桃沢瞳は身を乗り出している。
「だいたい、三機はそれぞれ部隊が違っていた。編隊を組むとは考えにくいのに、どうして一緒に飛んでいたのか。それに、一番機には十一名が搭乗していたはずが、遺体は十二名分だった。二番機のほうは搭乗が十二名だったのに、遺体の数は十一だった」
「増えたり、減ったり」
「これもGHQは一応、説明はしているらしい。ようするに、二番機の一人が、一番機の遭難を調べに行ってそこで死亡した、と。二番機から一番機に一人移動したから、人数にずれがあったと」
「へえー」
「ただ、実際は違った。人数はもとから怪しかったんだ」
「え」
「あれには、隠された真実がある。うちの町では、親父の世代はよくそう言ってた。酔った時の口癖じみていたけれど」
桃沢瞳は、うんうん、と目を潤ませ、首を大きく縦に振ったが、本心からでもあった。
「B29には別の目的があったんだ」
「ぞくぞくします」話が核心に迫ってきたこともあり、桃沢瞳は自分が思っていた以上に、隅田に体を近づけ、ほとんどぴたりとくっつくほどになっていた。荒くなった鼻息がかかってもおかしくない状況であったから、隅田も興奮をさすがに隠せないのか顔に高揚が見える。ここが第三者のいない、密室であれば、のしかかってきていただろう。