2013.05.14 書評

信長が秘めていた心の闇とは――

文: 津本 陽

『信長影絵』 (津本 陽 著)

 信長の生涯を初めて書いたのは、1980年代後半。『下天は夢か』と題されたその新聞連載は、刊行後、200万部を越す大ベストセラーとなった。約20年後、再び『覇王の夢』で同人物を主人公に据え、さらに本書『信長影絵』は、実に3度目の信長への挑戦である。

「なぜ信長は、命の危険にさらされるような状況下に、望んで飛び込んでいったのか――一般人とは違うものの考え方をもってこそ、大出世を遂げたわけですが、それだけでは説明できない、内面の謎というか、心の脆さがあった。今回はその深部を書いてみたいと思いました」

 実際、織田信長は一生で5度、生命の危機に陥ったとされている。桶狭間の戦いにはじまり、己を矢や鉄砲の的にするような行為を、本人の意志で戦場に求め続けた。その最後の場所となったのが、明智光秀の謀叛によって斃れる本能寺だ。

「四国攻めから外され、秀吉配下に置かれた光秀が、当時いかに追い詰められた状況にあったかは、周囲も分かっているし、本人だって分かっていたはずなんです。それにも関わらず、周囲を警護する馬廻り衆を連れず、無防備に本能寺に入った。まるで光秀のことを誘いこむような感じです。そこには、自分自身がどのくらい危険を乗り越えて、世の中を渡っていけるのか、運をあえて確かめてみようとする気持ちがあったのではないでしょうか」

 わざと死のうとしているわけではない。自身の生命力を実感せんがため、彼は危険な行為に賭けたのだという。その根底にあるのは、自分の存在を認めず、弟を溺愛した実母へのコンプレックスだ。

「ある精神科医の方から、そのことを指摘され、ずっと気になっていたんです。母親からお前は不必要な子供だと言われた信長は、成人しても心の中にずっと暗いものを抱えていた。その反面、自分を敵視する者に対して、絶対にその連中を制圧しようという強さもあった。その表と裏の心の部分を掘り下げようとして、視点をこれまでとは苦労してずいぶん変えています。ふつうの本を書く5倍以上の手かせ足かせがかかりました。もうこれ以上は書けないと思いますね(笑)」

 4半世紀前、周囲の編集者からは「信長ものは不吉で、売れるはずがない」と止められた。しかし、津本版・信長以降、様々な作品が登場し、その人気は不動となっている。

「常識にとらわれず思いきったことを実行し、成功させる。やっぱり先導者としての資格があったのだと、いま改めて思っています」

信長影絵

津本 陽・著

定価:1995円(税込) 発売日:2013年01月10日

詳しい内容はこちら