2010.03.20 書評

創業者の教訓

文: 樋口 武男 (大和ハウス工業会長)

『先の先を読め――複眼経営者「石橋信夫」という生き方』 (樋口武男 著)

  二〇〇七年八月、文春新書より『熱湯経営』という少し変わったタイトルの本を上梓(じょうし)した。

  私は生来、“ぬるま湯”が嫌いだ。グループ会社の再建を終え、本社・大和ハウス工業の社長に就任して戻ってみると、目をギラつかせていた野武士の群れは跡形もなく消え、“大組織病”つまり、“ぬるま湯”に満たされていた。私は会社を“熱湯”に変えた。それに耐えた者たちの燃え立つ「やる気」により、大和ハウスはV字回復を果たし、業界トップの座に着くことができた。『熱湯経営』では、そのような自分の経営哲学を綴ったが、思いのほか大きな反響をいただき、何度も版を重ねるにいたっている。

  多くの方から「第二弾を」とのお言葉をいただき、迷うことなく次に私が選んだのがこのテーマである。

  石橋信夫――。

  大和ハウス工業を創業し、「住」の世界の革命家として、わずか一代で一兆円企業にまで育てあげた稀代の事業家である。私は三十年間、この創業者を、経営の、人生の師と仰ぎ、薫陶を受けつづけてきた。

  創業者は、ユニークな名言・格言を生み出す達人であった。複雑で、一筋縄ではいかない経営や仕事の要諦を、的確なひとことに凝縮し、わかりやすく部下に伝える才能の持ち主だった。

  中でも「複眼でモノを見ろ」との言葉は、私にとって大きな教訓となった。そもそも“単眼”とは何か。自分の担当分野のことしか考えない。目標に向って走り出すと猪突猛進、まわりが見えなくなる。それでは困る。創業者が求めていた“複眼”にはいくつかの要素があった。一つは“損勘定”を先にすることだ。 「儲かる話は、たいていようできとって、一見、ボロ儲けできるように見える。で、つい、儲ける計算ばっかりして、費用や損失の計算を忘れよる。これは必ず失敗する」

  一方で、積極精神も必要である。 「五五パーセントの成功確率があると思うたら、実行せい。棚の上にぼた餅があるとして、落ちてくるのを待っとったらあかん。手を伸ばす。踏み台にのぼる。それでも取れなんだら、肩車してでも取ってみせろ」

  さらにもう一つの条件が“先見性”である。ある新規事業を立ち上げた際、すぐに来年の受注予想を訊(たず)ねる創業者に、私は「三年間、数字のことは聞かないで下さい」と申し上げた。しばし私の顔を見ていた創業者は、「わかった」と言ってくれたが、二年後、会議の席で突然、「樋口くん、あと一年やな」と一言。甘えは許さない。数字は問うぞ、と。これが創業者の凄さであり、“複眼”の真髄である。今のような激動の時代にこそ、この“複眼”が求められているのだと思う。

先の先を読め
樋口 武男・著

定価:861円(税込) 発売日:2010年03月18日

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