2014.05.10 インタビュー・対談

昭和天皇の決定版評伝

聞き手: 「本の話」編集部

『昭和天皇 第七部 独立回復(完結篇)』 (福田和也 著)

昭和天皇の決定版評伝

――ここ数年、原武史さんや伊藤之雄さんによる昭和天皇の評伝・研究書が相次いで出ました。それらの本と、福田さんの『昭和天皇』シリーズの違いは何なのでしょうか?

福田 そうした歴史研究者のお仕事は大切ですし、今回書く上でも参考にさせて頂きました。しかし、あくまでも文芸評論家である私の目論見は、昭和天皇―― 彼(か)の人(ひと)――の視座を借りることによって、ありとあらゆる事件、人物を登場させ、昭和という時代を背景とした夥(おびただ)しいドラマを描くことができる、という一点にありました。その試みが成功したかどうかは読者の判断に委ねるしかありませんが、足かけ10年にわたるライフワークとなり、自分としては書いていて楽しく、スリリングでした。

――最終第7部の巻末には、全巻を通した主要登場人物と事項の索引を付けました。約600人の名前が並び、壮観です。

福田 皇族、侍従、政治家、軍人といった人々にとどまらず、ルーズベルト、ヒトラー、スターリン、蒋介石、ムッソリーニ、毛沢東といった現代史のメインプレイヤーを登場させることができました。昭和天皇が生まれた直後の日露戦争から、敗戦に至るまでの40年余りは、ともすれば島国として世界の流れから孤立しがちな日本が、よきにつけ悪しきにつけ、世界全体と向き合うことを余儀なくされた時期でした。昭和天皇という人物を軸に、世界史を眺めることができたのは、私自身にとっても大変幸運なことでした。

 さらには、2.26事件の関係者や、左翼活動家、戦場で倒れて行った無数の兵士たち、そして作家、芸術家、芸人に至るまで、ありとあらゆる人々と向き合うことができました。歴史とは無名の人まで巻き込む、大きなうねりなのだということをあらためて実感しましたね。

――その中で、どんな「新発見」がありましたか?

福田 あくまで一例ですが、明治の元勲の1人である西園寺公望の、静岡県興津の別荘を取材で訪れた時のことです。その屋敷――坐漁荘――は、旧東海道と海に挟まれた立地で、しかも西園寺の居室からは、四方すべてに逃げられる作りになっていました。伊藤博文や山懸有朋の死後、西園寺は天皇裕仁にとってのただ1人の「後見人」となります。西園寺にしてみれば、「ここで自分が暗殺でもされれば、天皇制と日本国家はもたない。だから絶対に死ぬわけにいかないのだ」という切実な危機感を常に抱いていたことが、実感できました。明治から昭和初期にかけての日本が、いかに脆弱な基盤の上に乗っていたかは、今や忘れられがちです。欧米やロシアからの脅威に常にさらされ、国内の農村や下級兵士には常に貧困から来る不満が渦巻き、テロが横行、あげくのはては裕仁に替えて弟宮を担ごうとする陰謀まであったと囁かれます。そんな中、激動の時代に立ち向かわなければならなかった昭和天皇はどんなにも孤独だったでしょうか。

【次ページ】昭和天皇の資質と悲運

昭和天皇 第七部
福田和也・著

定価:1,600円+税 発売日:2014年04月18日

詳しい内容はこちら