著者が「はじめてコメディーに挑戦した」と語る本作は、寺町丸太町に建つホテルポラリス京都が舞台。
「京都のホテルを選んだのは、自分の得意な文化財がらみの話が作りやすいと考えたのと、大阪だと笑いに関してなにかしらの先入観が読者に生まれやすいというのが理由です。京都のホテルを何か所か回った結果、有名なブライトンホテルをモデルにしました。普段、よく見るけれども私自身コンシェルジュを利用したことがなかったので、興味があったんです」
エグゼクティブスイートに長期間宿泊中(ただし、お金を出しているのは伯母)の大学生・桜小路清長が引き寄せる数々の謎にフロントの坂名麻奈、コンシェルジュの九鬼銀平が挑む姿を描いた、全5篇の連作短篇集だ。
「ありがたいことに、これまでの作品の感想で知的と言ってもらえることが多いのですが、実は知性とユーモアは近いところにあると思っています。両者とも、対象を少し離れたところから充分なあたたかさを持って見ることで生まれるもので、対象が学術的なものか人間かだけの違いでしょう」
対象を少し離れたところから見る姿勢は、描かれている謎に関しても活かされている。ミステリー部分はどれも固定観念にとらわれていると見えない仕掛けになっているのだ。
「1話目の『みだらな仏像』は出版社のパーティーで展示していたあるものを見て、これは仏像みたいだなと思ったことがきっかけですし、2話目の『共産主義的自由競争』は、小学生の子供が、ある文字を見て疑問に思ったことから生まれました。これは子供だからこそ気付けた視点で、助かりました(笑)」
一方、キャラクターも独特で、清長と麻奈はともにD大学の同期生だったが、怠惰な生活の結果、留年して卒業が危ぶまれる放蕩大学生に対し、まっとうに就職して今に至り、将来的にはコンシェルジュを目指すという対照的な人物設定にすることによって、よりコメディーの度合を高めている。
「本来なら主人公になるべき銀平は、私生活がまったく見えないミステリアスな人物であり、コンシェルジュデスクからあまり動かない人物として描いたので、そのぶん他の2人は事前に緻密なキャラクター作りをしました。おかげで清長君は行動に関して、麻奈ちゃんは内面の描写の部分で意図しないでも勝手に展開して筆を進ませてくれる。ただ、動きを全て書いてしまうと、読者にゆだねる部分がなくなって面白くなくなるので、20から30パーセントの空白を作るために文章を削るのが大変でしたね」
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