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なぜ少女たちはクラッシュを深く愛したのか?

なぜ少女たちはクラッシュを深く愛したのか?

文:柳澤 健 (ノンフィクション作家)

『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(柳澤健 著)


ジャンル : #ノンフィクション

 2003年夏、文藝春秋を退社したばかりの私に原稿依頼があった。 『デラックス・プロレス』の実質的な編集長を務めていた須山浩継氏からのもので、ライオネス飛鳥の人物評伝を書いてほしいという。

 90年代前半のいわゆる団体対抗戦時代、『スポーツ・グラフィック・ナンバー』のデスクだった私は、女子プロレス特集を作ったことがあった。だから、もちろん女子プロレスには大きな関心を持っていた。しかし、80年代半ばのクラッシュ・ギャルズの時代はほとんど見ていない。クラッシュの人気が最高潮に達したのは1985年だったが、この年は御巣鷹山の日航機墜落事故、阪神タイガース優勝、夏目雅子死去、「疑惑の銃弾」の主人公三浦和義の逮捕等、数多くの大事件が起こった年であり、新米雑誌記者だった私は訳もわからないまま走り回っていたからだ。

 団体対抗戦時代の前も後も知らない私は、須山氏に数時間のレクチャーを受けた後、ライオネス飛鳥本人、母親の北村幸子さん、ジャガー横田等のレスラーに話を聞くと共に、集められる限りの資料にすべてあたって記事を書いた。

 前後編に分けて『デラプロ』に掲載された「ライオネス飛鳥、クラッシュへの帰還」は幸いにも好評だった。特に飛鳥の母親が喜んでくれたと後から聞いた。

 この記事を読んだ文藝春秋の下山進氏から「長与千種にも取材して、一冊の本にしたい」という申し出があったのは、それから何年も後のことだ。下山氏は私の処女作『1976年のアントニオ猪木』の育ての親であり、私は『kamipro』誌に「1993年の女子プロレス」という不定期連載インタビューを持っていたから、氏の言葉に異存はなかった。

 ライオネス飛鳥はもちろん、長与千種も協力を快諾してくれて、本書のための取材がスタートしたのは昨年六月。テストケースとして『オール讀物』9月号に「赤い水着、青い水着――クラッシュ・ギャルズが輝いた時代」という百枚の記事を書いた。

 全日本女子プロレスほど選手たちが命懸けで戦っていたプロレス団体は、世界中探してもどこにもない。年間試合数は250を超え、成熟しない少女たちは狭いバスの中で四六時中顔をつきあわせていたために、常に大きなストレスを抱えていた。陰湿ないじめがあり、告げ口があり、仲間はずしがあった。指導という名のリンチが日常として存在し、憎しみや嫉妬はリングの上で全面的に解放された。若手は独自の押さえ込みルールによる真剣勝負を戦い、後輩に負けると絶望して去る者が多かった。骨折はケガのうちに入らず、首の骨を折る重傷を負ってさえ、恐れることなく試合に出たいと直訴した。

 ライオネス飛鳥や長与千種から聞いた話は極めて興味深いものであり、原稿にはベストを尽くしたつもりだ。雑誌記事を読んでいただいた方には、クラッシュ・ギャルズとは何だったかを理解していただけたと信じる。

 しかし、「なぜ少女たちはクラッシュをあれほどまでに深く愛したのか」「クラッシュが輝いた1980年代は少女たちにとってどのような時代だったのか」ということに関しては、実のところ私にはよくわかっていなかった。間抜けな話だが、自分が書いた記事を読んで初めて気づくこともあるのだ。

 担当編集者の下山氏と話しあった末に私は大きな決断をした。本を書く際には、クラッシュのふたりのほかに、もうひとりの主人公を立てるという決断である。

 プロレスは観客なくしては成立しない。ブラウン管のこちら側でクラッシュの活躍に胸をときめかし、ダンプ松本の反則攻撃に涙を流していた80年代の少女の視点が、本書にはどうしても必要だった。

 3人目の主人公として最もふさわしい人物は、私の知る限り伊藤雅奈子さん以外にはいなかった。彼女はライオネス飛鳥親衛隊長から雑誌編集者になり、やがてプロレス記者に転身し、今はお笑い芸人の取材をしている。書く人間は書かれる怖さを知っている。私の取材に実名で応じるにはかなりの勇気が必要だったはずだ。

 心の闇を抱えた14歳の少女が、ブラウン管の向こうで光り輝くクラッシュ・ギャルズに何を見つけ、その後の人生をどのように歩んでいったか。その経緯に関しては本文を読んでいただく以外ない。ただひとつ言えるのは、彼女に話を聞いて初めて私は「なぜ少女たちはあれほど深くクラッシュ・ギャルズを愛したのか」という疑問にひとつの答えを得たということだ。

 10代の少女たちに自分の基準などない。人生の正解は飛鳥であり、千種だった。親衛隊とはすべてを知り、共有するためのシステムであり、自分たちは飛鳥の不器用さも、千種の計算高さも、すべてわかった上で愛した。リングは神聖な場所であり、1度素人に戻った人間が踏んではいけない。だからこそ、ふたりの復帰には断固として反対だった。

 やる側も異常なら、見る側も異常である。かつて日本には熱い時代が存在したのだ。

 ライオネス飛鳥、長与千種、そして伊藤雅奈子。3人の主人公に深く感謝したい。

 その他、本書執筆のためのインタビューに応じていただいたのは以下の方々である。

 里村明衣子、広田さくら、ロッシー小川、中島幸一郎、山本雅俊、志生野温夫、吉野壽郎。

 また、以下の女子プロレスラーの方々にお聞きした話は、クラッシュ・ギャルズを理解するために重要な示唆を与えてくれた。

 ジャガー横田、デビル雅美、ブル中野、ダンプ松本、アジャ・コング、尾崎魔弓、井上京子、豊田真奈美、、シャーク土屋、伊藤薫。

 これらの方々の協力がなければ、本書は決して完成しなかった。深く感謝する。

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