文春文庫で書き下ろし時代小説「八丁堀吟味帳」がスタートした。3月の「鬼彦組」をかわきりに、5月、7月と連続刊行の予定。著者、鳥羽亮さんは『剣の道殺人事件』で江戸川乱歩賞を受賞し、ミステリに『警視庁捜査一課南平班』などテレビドラマにもなった人気作品をもつ一方、現在では書き下ろし時代小説で人気シリーズを数多く持つ実力作家のひとり。本シリーズではそのミステリと時代小説というふたつの得意ジャンルを統合するという野心的な試みをしている。本書にかける意気込みを訊いた――。(編集部)
本書の主人公は北町奉行所に出仕する吟味方与力、彦坂新十郎です。吟味方与力というのは、ふつう被疑者の尋問などを司(つかさど)り、捜査はもっぱら同心たちが行いますが、彦坂は、自ら町に出て捜査に加わるなど異色の存在。このシリーズでは、その彼が指揮をとる、同心たちの捜査グループ「鬼彦組」を中心に据えています。
その狙いは、八丁堀に住む与力・同心たちの群像劇に焦点を当てることです。時代小説には、剣なり人情なり強い主人公がまずひとりいて、それを支える脇役がいて……という構図がよくあります。本書ではその枠組みから1歩踏み出してみました。
簡単な比較はできませんが、町奉行の与力、同心たちには、現代の警察と似た一面があります。与力はずっと与力。同心たちも死ぬまでずっと同心。御納戸(おなんど)など幕府の他の部署に出仕する旗本たちには、他の役に異動したり勤め上げると出世したりすることがありましたが、町方与力・同心が他部署に移ることはほとんどありません。一方で、彼らの長たる町奉行は、次のポジションへと異動してしまう。奉行が中央官庁のキャリアだとすれば、与力、同心たちは、叩き上げで実力のある刑事たちといえます。
しかしそのずっと同じ立場に留まることが、彼らの心の弱みにもなってくる。お金のことなり、出世のことなり。あるいは長く顔をつきあわせる同心部屋での人間関係なり。
こういった一面に光をあてると、彦坂を捜査班長、同心たちを刑事たちにみたて、現代の警察小説のように、人間の好悪、派閥など、対立や協力をしながら、与力・同心たちが事件を解決していく姿を時代小説のなかで描けるのではないかと思ったのです。
このアイディアのひとつのきっかけとなったのが、『無冤録(むえんろく)』という江戸時代の検屍(けんし)テキストの存在でした。水死や焼死、服毒死など様々な死によって、その死体にどのような症状が浮かぶのか。また季節によって死体の腐敗の仕方がどのように変化するのか、死体の色の変化など、様々なケースを具体的に紹介しています。このような本が存在するなら、時代小説のなかで警察の鑑識的な話が書けるかもしれない。『無冤録』でここまで詳細に書かれているのでしたら、たとえば死後硬直時間など、同心たちが経験的にも知っていて不思議ではありません。
「鬼彦組」では、「屍視(おろくみ)の彦兵衛」こと根津彦兵衛という同心を登場させました。根津は同心になったばかりの頃、死体の見立てを誤り犯罪を見逃したことを反省し、火事、病死、刃傷死、毒物死など様々なケースを自ら調べ、鑑識のエキスパートとなった男です。殺された同心や、入水に見せかけ殺された娘の死体の検屍にあたり、遺憾なく根津の能力が発揮されます。
もちろん、剣の達人も「鬼彦組」にはいます。鬼彦組を束(たば)ねる与力、彦坂も剣の遣い手ですが、同じ門下の同心、倉田佐之助が彦坂を補佐しつつ、敵の攻撃に真正面から受けてたちます。時代小説の中の剣戟(けんげき)は、西部劇における拳銃の決闘シーンのように欠かせない要素だと私は考えていますので、本書のなかでも剣の闘いのシーンは最大の見せ場になるよう描いたつもりです。
とはいえ私自身、剣道を少年の頃からやってきたこともあり、荒唐無稽(こうとうむけい)な強さにならないように書きました。たとえば、どんな強い剣士であっても、現実にはふたり一度に相手をして勝つことは至難です。話中、仲間とともに闇討ちにあう倉田にも、剣を知る者だからこそ、冷静に彼我(ひが)の戦力をはかり「このままでは勝てぬ」と見切って、生き延びる方策を探らせています。
ほかに聞き込みに力を発揮する男など、鬼彦組には様々な分野のエキスパートたちを配しました。
誰しも完璧ではないから、協力しあう。しかし悪事を許さぬ思いで結束する彼らでも、町方の権限を超える、幕府中枢の闇には溜息をつかざるをえない……その歯がゆさ。本シリーズのなかで、それぞれの強さと弱さの絡み合う群像劇の魅力を描き出していけたらと考えています。
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