本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
「言葉で」

「言葉で」

飴屋 法水

飴屋法水「彼の娘」


ジャンル : #小説

言葉というのは、とても不思議だ。

 

犬、と書けば、

犬、を思い浮かべることができる。

犬は、どこにでもいるし、誰でも知っている。

 

犬と書けば、犬が伝わる。猫と書けば、猫が伝わる。

犬と書いて、猫が伝わるのはたいへんに困る。

そういうことは、間違え、という。

 

間違えに気づけるほどに、僕らは犬を知っている。

いまだ知らない、なにかのことを、言葉にすることができない。

 

人は、知っていることしか、言葉にできない。

それなのに、にもかかわらず。

人は、すでに知っていることは、言葉にしない。

 

どこにでもいる、誰でも知っているその犬が、

ここにしかない、たった一匹の犬に思えたとき、

人は、犬のことを語り始める。

誰もが知っている、犬という言葉で。

 

 

娘のことを書いた。

どこにでもいる娘について書いた。

ここにしかいない娘について書いた。

 

自分の娘であるような、誰かの娘であるような、誰の娘でもないような。

娘ですら、ないような。

それでも今、彼女は、まるで私の娘のように見える。

 

正直なところ、正体は、わからない。

よくは、わからないので、書いてみようと思った。

「別冊文藝春秋 電子版6号」より連載開始

別冊文藝春秋 電子版6号(通巻322号/2016年3月号)

定価:※各書店サイトで確認してください
発売日:2016年02月19日

詳しい内容はこちら

プレゼント
  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/11/20~2024/11/28
    賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る