レビュー

野心の果てに見える景色

『王になろうとした男』 (伊東潤 著)

文: 伊東 潤 (作家)

「草食系という言葉があるように、最近の日本人からは“野心”が失われているように思います。戦国大名で野心といえば、誰もが織田信長を思い浮かべるでしょうが、彼に従う家臣にも、主に倣って上昇志向の強い人間もいれば、そうでない者もいたはず。そんな様々な人間の生き方を描きました」

 著者の新刊は、信長に仕えた男たちを主人公にした5篇の短篇集だ。冒頭の「果報者の槍」では毛利新助、2篇目の「毒を食らわば」では塙直政という、共に桶狭間で戦った親友の人生が、コインの表裏のように描かれている。

「毛利新助は、今川義元の首を挙げながら、その後、『信長公記』などにも、ほとんど名前が出ることなく、次に出てくるのは本能寺の変で、20年も馬廻衆のまま出世していません。おそらく、今で言うところの専門職を自分で選択したのでしょう。
 逆に出世欲に取りつかれたのは塙直政です。彼は途中まで明智光秀、羽柴秀吉を押さえて織田家中では1番の出世頭だったものの、信長から与えられる厳しいノルマに応えるべく、無理に無理を重ねてしまったことで破滅したと考えられます。サラリーマン時代に架空売上を計上する人たちを見てきたので、迫真の心理描写ができているはずです(笑)。作品の表のテーマは野心ですが、裏のテーマは“己を知ること”。新助は気が利かないものの、言われたことは確実にやる。現代社会でも、それは当たり前のように思えて、実は重要なことだと思います」

 表題作では、黒人の彌介を描くという異色のアプローチに挑んでいる。野心という概念すら知らなかった男が信長と出会い、いかに変わったのか。そして信長の死後に取った行動は――。

「外国人をほとんど見ることがない時代に、黒人を小姓にしていたというのは、信長の常人離れした感性を、よく表しています。彌介について調べていくうちに、信長が彼の肉体の美しさに感動するシーンが浮かび、そこからストーリーが一気に出来上がりました」

 彌介の物語を含む後半2篇では、伊東さんによる本能寺の変の新たな解釈も読みどころのひとつ。

「歴史小説は、結末が分かっているという克服しようのないデメリットがあります。その中で、いかにプロセスを楽しんでもらえるかが勝負所です。そうしたストーリーテリングの絶妙さに加え、歴史に詳しくない人も楽しめ、歴史に詳しい人にも『これならあり得る』と納得してもらえるような解釈の絶妙さが、歴史小説には必要です。この作品では、自分の強みである歴史解釈力とストーリーテリング力を、高いレベルで融合させることができました」

王になろうとした男
伊東 潤・著

定価:1600円+税 発売日:2013年07月27日

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