- 2011.06.20
- 書評
心の力みの抜けるウッドハウスの小説
文:佐藤 多佳子 (作家)
『ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻』『ジーヴズの事件簿 大胆不敵の巻』『ドローンズ・クラブの英傑伝』 (P.G.ウッドハウス 著/岩永正勝・小山太一 編訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
日本人よ、もっと、この作家を読め! ということで、一人名前を挙げるなら、迷わずウッドハウスである。20世紀を代表する世界的なユーモア作家。生国のイギリスでは、探偵といえばシャーロック・ホームズ、ナース(子守)といえばメアリー・ポピンズ、執事といえばジーヴズ。
ウッドハウスは、1881年に生まれ、74年間にわたって多数の長短編を書いた。それぞれの作品の時代は明記されていないが、エドワード朝時代の雰囲気ただよう、20世紀前半というところらしい。お屋敷に住み込みの執事やコックがいて、有閑階級の若様はロンドンのクラブで夜な夜な遊び各種の賭け事に興ずるのが人生、という、古き良き英国のイメージだ。
5月刊行の『ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻』、6月刊行の『ジーヴズの事件簿 大胆不敵の巻』、8月予定の『ドローンズ・クラブの英傑伝』は、いずれも短編集。ウッドハウスの人気シリーズの中でも、ダントツで有名な執事ジーヴズもの。そしておなじみロンドンのドローンズ・クラブのメンバーのとびきりの失恋や失敗談である。
ウッドハウスは、長編も短編もまちがいなく面白いが、初めて読むなら、短編のほうがいいかもしれない。テイストは、似ている。まず、困っている人が出てくる。困っている理由は、たいてい、かなりバカバカしい。そのバカバカしさだけで読者は大喜びだが、作中の当事者はにっちもさっちもいかないくらい煮詰まっている。短編では、その困っている「事件」が一つ、事件をめぐる関係者が数人、短いページ数でも状況は急展開、二転三転する。長編になると、困っている人が3人以上出てきて、事件も3つくらいはあり、そのすべてがからみあってくる。すっきり笑いたい人は短編、じっくり笑いたい人は長編がおすすめだ。
どちらにしても、さんざん笑わされたあとには、肩の力が抜ける。心の中の無駄な力みも抜ける。世の中や人生をちょっとナメたようないい心持ちになり、気分はすっかりアッパーだ。そして、ほんのり残念で悔しくなるかもしれない。我が家にジーヴズがいないことが。いや、知り合いの知り合いにでも、ジーヴズがいないことが。
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