2011.02.20 インタビュー・対談

この作品を書くのが務めだった

聞き手: 「本の話」編集部

『いとま申して――「童話」の人びと』 (北村薫 著)

この作品を書くのが務めだった

──新作『いとま申して 「童話」の人びと』は、北村さんのお父上、宮本演彦(のぶひこ)氏が遺された日記をもとに書かれた作品です。大げさに言えば、これを書くために作家になった、とおっしゃっておいででしたね。

北村  大げさに言えば、ですね(笑)。日記があることは父の生前から知っていました。でも、亡くなるまでは決して見ることはなかった――やはり、それはそういうものでしょう。亡くなって、大部のものが遺されているのを目にしたとき、このままでは消えてしまうものだからこそ、何らかの形で残さねば――と思ったんです。歌人の山崎方代(ほうだい)に、《私が死んでしまえば わたくしの 心の父はどうなるのだろう》という歌がありますけれど、まさにそういう気持ちになった。

 時間の流れの中で、多くのものは消えていってしまいますね。父の生きた時代あたりのことは、父の死とともに消えてしまうはずのものだけれど、それがたまたま日記の形で残っていた。また奇(く)しくも、自分は文筆を生業としている。となれば、これを何らかの形で残すのがわたしの務めではないか、という思いがありました。

──実際に日記に目を通されたときの印象は、どんなものだったのでしょう。

北村  昔の人の日記なので、読みにくいんですね。でもそれを少しずつ読み解いていくと、いろんなものがそこから浮かび上がってくる。それも単純な一個人の、わたしの父親の話というだけでなく、そこにはさまざまな人間のドラマが絡んでくるんです。

 今回は作品の構成上、《「童話」の人びと》と括(くく)りましたが、旧制中学から大学の予科に入学した頃の父の生活には、「童話」が非常に大きな位置を占めていました。「童話」は、大正から昭和初年にかけて活発だった雑誌です。児童文学関係の人たちには有名な雑誌ですが、金子みすゞが多くの作品を投稿し、読者の便りの欄では、往年の名調子と同じ語り口で淀川長治さんが常連となっていたりします。――現在はインターネットが発達して、ブログなどで自分の思いをつづったり作品を発表することができますが、当時、何らかの形で自己表現したいという若い人たちの思いが集められた雑誌が、「童話」だったわけです。当時の資料としては、関英雄氏の『体験的児童文学史』があって、わたしも今回ずいぶん参考にさせていただきましたが、その本には出てこないようなことも、父の日記を読むと分かるんです。そこに集った人たちの姿が、まさに浮かびあがってくる。関や千代田愛三、船木枳郎(しろう)といった、児童文学の世界でもがく人びとの姿が分かり、また彼らを通して時代が分かり、さらに大きくいえば父が通った旧制神奈川中学――通称・神中や、慶応大学予科といったスクール自体が浮かび上がってくる。今回の作品では、それらすべてが、大きな登場人物といっていいでしょう。

昭和初年という〈時代〉

──実際、読み進めていくと、作中に登場する当時の人たちが、じつに生々しく感じられました。

北村  知識として知っている、というのとは別な存在感はありました。たとえば、テレビで放映されていた「新諸国物語」の作者として、北村寿夫(ひさお)のことは知っていました。テーマ曲も口ずさめますしね。だけどその北村寿夫と父が、実際に係わりがあった、面識があったというのは、正直、驚きでした。

──日記を読んで、初めて知ったお父さまの姿はありましたか?

北村  あまり意外な一面というのはないけれど、そうだろうね、と頷けるところはありました。子どもの頃、家にあった「童話」を見て父の書いた童話作品を読んでいましたけど、具体的にこういうふうに書いていたのかとか、投稿して結果、ダメだったときのこととか、その時々の心の動きが良く分かったし、またわたし自身に似ているな、と思いました。親近感というんでしょうか、よく分かる心情を感じましたね。もしこの時代に自分がいても、同じようなものだったかな、と想像できます。それから、夢と挫折といったところにも共感しました。父と子という、ある意味で上下の関係とは別に、同志というか、同じ夢を持ったもの同士、といったところを感じました。

──昭和というと、どうしても戦争の足音が近付いてきてからのことが思い浮かびがちです。それが今回の、大正と地つづきの、余裕があるというか、自由闊達な時代の雰囲気は、とても新鮮でした。

北村  とにかく父は、本を読み、映画を観て、創作の夢を追い、またしょっちゅう授業をサボって落第の危機に瀕したりしています。それにしても、たしかに旧制中学の生徒たちはよく本を読みますね。もちろん現代と違ってパソコンも携帯もないし、逆に家の蔵に行けば、活字ではない筆文字の和綴じの本が普通にある。娯楽はそれしかなかったといえばそれまでだけれど、あたりまえに古典を読んでいるところなどは、わたしたちには到底、敵(かな)わないなと思います。

いとま申して
北村 薫・著

定価:1400円(税込) 発売日:2011年02月26日

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