2012.01.11 文春写真館

硬骨漢・大岡昇平の、音楽と妻と共にある一日

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

硬骨漢・大岡昇平の、音楽と妻と共にある一日

 明治四十二年(一九〇九年)、東京・牛込に生まれる。高校時代小林秀雄に出会いフランス語を学び、中原中也とも親交する。京都帝国大学文学部を卒業後は、新聞社や大企業に翻訳者として勤めつつ、スタンダールに傾倒する。そんな大岡昇平が、昭和十九年(一九四四年)、三十五歳にして召集される。フィリピン戦線に送られ、米軍の捕虜となった。

 帰国後の昭和二十四年、捕虜の体験を綴った「俘虜記」が高く評価され、以来「野火」「レイテ戦記」といった、強烈な体験に裏打ちされた戦争物が広く読まれた。

 同時に、推理小説、大人の恋愛小説、歴史小説も手がけた。史実の脚色や史観の偏りを嫌い、井上靖、海音寺潮五郎、松本清張、江藤淳、ついには森鴎外といった面々を遠慮なく批判。激しい論争を巻き起こすことも度々で、「ケンカ大岡」と呼ばれた。

 そんな旺盛な好奇心のバックボーンは、フランス文学者としての、芸術への深い造詣にあった。音楽を好み、自身でピアノも弾いた。写真は昭和三十七年六月号「オール讀物」のグラビア。出征中には二人の子供を抱えた妻には苦労をかけた、と語る、その春枝夫人の手にしているのはモーツァルトのレコードである。

 晩年は「文學界」に「成城だより」を連載、映画、ポップス、ロック、漫画までを語っていた。昭和六十三年(一九八八年)、七十九歳で死去。

画像貸出しについて
文藝春秋写真資料部は、テレビ、新聞、雑誌をはじめさまざまなメディアのニーズに迅速にお応えできるよう貸出しの体制を整えております。デジタル化された写真データは、現在約25万点。「文藝春秋」の「日本の顔」はじめ数々の企画もの、「週刊文春」のスクープ写真、「Number」のスポーツシーン、「CREA」や「CREA TRAVELLER」の国内外の自然の風景、さらには戦前の人物や行事を取り上げた資料的価値の高い貴重な写真もとりそろえております。
詳しいお問い合わせはこちらまで
(株)文藝春秋 写真資料部  電話:03-3288-6122 FAX:03-5276-7004