――『菩提樹荘の殺人』は今年21周年を迎えた火村英生シリーズの21冊目、短編集としては13冊目になりますね。有栖川さんはほかに江神二郎シリーズ(長編4冊、短編集1冊)、空閑純(そらしずじゅん)シリーズ(長編3冊)をお持ちですが、この火村シリーズの量が抜きん出ています。
有栖川 主人公が犯罪学者で、警察の捜査に加わって様々な事件に相対する、という設定で、オーソドックスな犯罪から実験的なケースまで、色々なものを試せるので、書き勝手がいいです。
――本作の「あとがき」に「本書に収録した四編には、〈若さ〉という共通のモチーフがある」とあります。
有栖川 ついこの間まで30代だった気がするのに、私はいま54歳で、「若さ」から自分が遠のいていく実感があるんです。
――でも、大阪の坂にまつわる幻想譚『幻坂』や、10代の女の子を主人公にしたSF的な設定の空閑純シリーズなど、近年も“攻め”の姿勢ですよね。
有栖川 『幻坂』は以前は書けない作品だったかもしれません。年とともに、今まで出来なかったこと、筆が届かなかったことは出来るようにならなければなりません。
――冒頭の作品「アポロンのナイフ」では作家のアリスがテレビも新聞もインターネットも遮断して“読書休暇”に浸っている描写からはじまります。これは有栖川さんの夢ですか。
有栖川 そうです(笑)。若い頃は読み残した本があっても平気なんです。いつか読めると思っていますから。が、そう言っているうちに30年経ってしまった本が山のようにある。作中のアリスは永遠に34歳ですけれど、書き手の私はとうとう読めなくなってしまう日がいつか来るのですから。
――「アポロンのナイフ」にでてくる若者は、すごい美青年ですが、なんともいえない鬱屈を抱えていますね。
有栖川 本来は、小説はそこを掘り下げて書くべきだと言われますよね。ただ、人間の暗い部分を追求するとなると、それは別の物語になる。そういう小説は他にあるので、私が書かなくてもいいかな、という気持ちはあります。
この作品の犯人の設定はちょっとひねってあります。変化球ですね。
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