いまから六年前、台湾の国家安全会議のメンバーの一人、X氏と接触するため台北を訪れた。このときX氏が取材場所として指定したのは総統府だった。
赤黒いレンガに覆われた総統府は、日本が植民地時代に建て、現在も台湾政体の象徴として市の中心部にそびえている。思いのほか簡単なチェックを経て通されたのは、円形の一室で、壁面と相似する円テーブルが置いてあった。二人で話すには少し大き過ぎるテーブルだった。
建物のなかは、エネルギッシュな亜熱帯の街の喧騒とは無縁な、静謐(せいひつ)な空気がゆっくりと流れていた。清掃が行き届き、光沢を失っていない木目の窓枠に切り取られた景色のなかでは、ヤシの街路樹が長く続いていた。
幾重もの権力が通り過ぎたこの島の歴史を感じさせたが、X氏の口から飛び出した言葉は、そんな感傷を吹き飛ばすに十分だった。
「もし台湾海峡を挟んで戦争が起きたら?」
X氏は私の質問を繰り返した後、ほんの僅かな逡巡もなくこう断じたのだ。
「恐らく国民の誰一人として戦争が起きたことを知らず火ぶたが切られ、結着がついている。そんな戦争になるでしょう」
見えない戦争――。湾岸戦争で米軍が見せつけた近代戦争が行き着く究極の未来。戦いを人間にたとえるなら、筋力でねじ伏せるのが従来の概念とすれば、未来の戦争は、開戦と同時に角膜と鼓膜だけを瞬時に破壊する戦いだ。
このとき大きな役割を担うのが、コンピュータを使ったサイバーアタック部隊と情報戦を受け持つヒューミント(スパイ)である。どちらも主戦場が水面下であるため「見えない戦争」と呼ばれるのだ。
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