2016.08.29 文春写真館

腰痛で長年悩まされた後の夏樹静子のくつろぎの表情

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

腰痛で長年悩まされた後の夏樹静子のくつろぎの表情

 東京での仕事場を兼ねて、娘夫婦と共有で新築した自宅バルコニーで、ビールを手に桜並木を眺めている夏樹静子――。

「この土地を購入するにあたって、桜並木は非常に大きな魅力だったんですね。目が覚めると桜が見えるという生活は、わたしの夢でしたから」

(「オール讀物」平成十二年=二〇〇〇年五月号)

 腰痛で悪夢のような数年間をすごした後の、くつろいだ表情が印象的である。

 昭和十三年(一九三八年)東京生まれ。慶応義塾大学在学中に書いた「すれ違った死」が江戸川乱歩賞候補となる。その後、夏樹しのぶの名前で小説を発表するが、昭和三十八年、大学卒業後すぐに結婚。夫は出光佐三の甥であった。九州に移り住み、しばらく主婦業に専念する。しかし、長女出産後、「天使が消えていく」を執筆。昭和四十四年、夏樹静子の名前で再び江戸川乱歩賞の候補作となる。

 昭和四十八年、「蒸発」で日本推理作家協会賞を受賞。アメリカの作家エラリー・クイーンと親交があり、有名な「Xの悲劇」「Yの悲劇」「Zの悲劇」のタイトルをまねた「Wの悲劇」がクイーンの了解を得た上で、昭和五十七年に出版される。作品は薬師丸ひろ子主演で映画化され大ヒットし、以後、何度も映像化されている。昭和五十九年、ノンフィクション「妻たちの反乱」がベストセラーとなる。

 平成九年(一九九七年)、「椅子がこわい 私の腰痛放浪記」(文藝春秋)を上梓、三年間に渡る自らの腰痛の治療体験を綴り、日本で心療内科が普及するきっかけのひとつとなったとされる。

「自分が心身症に罹(かか)っていたということが、いまだに信じられないような気がする時もある」 「この経験から何を学んだかと問われれば、私はまず二つのことを頭に浮かべる。いわゆる心身相関、心と身体がいかに密接に関わっているか。いまひとつは、人間の中には自分の知らない自分が潜んでいて、その自分(潜在意識)が人間全体を支配することもあるということ。

 それに気づかされるまでに私は三年かかったわけで、最も自分として認めにくかった自分を認めた瞬間から、治癒が始まったのではないだろうか」(「あとがき」より)

 平成二十八年三月、心不全により亡くなる。

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